第二幕、御三家の嘲笑
……なに、言ってるの。思わず体ごと硬直した。
「や、だなー、桐椰くんてば。深夜テンション? 桐椰くんはそういう冗談言うキャラじゃないじゃん……」
一生懸命紡いだ声が震えていた。やめてよ、真顔でいるの。冗談だって言って笑ってよ。何本気にしてんだって笑って偶には私を騙してみせてよ。いくらそう心で願ったところで、桐椰くんは表情を変えてくれない。そのせいで、逃れるように手すりから両腕を離して、桐椰くんから離れる。桐椰くんの目だけが追ってきた。
「……なんで逃げんの」
「いや……その、なんとなく……えっと、桐椰くんがいつもと雰囲気違って怖いなって……」
「お前が動揺してるなんて珍しいじゃん」
ふん、と桐椰くんが鼻で笑った。そんな桐椰くん知らない。でもそんなことどうでもいいから、早く冗談だって言ってよ。そうしてくれないと、私と松隆くんが敷いた折角の布石が台無しだ。
「……だって……なんでそんな冗談言うの? 夕方のことそんなに怒ってたの? だから私のこと困らせたいの?」
「なんで冗談って決めつけんの?」
「だって私、五月まで桐椰くんと会ったことなんてなかった!」
「本当に?」
思わず叫んでしまった私とは裏腹に桐椰くんの声は落ち着いて畳みかけた。それでも、会ったことはない、はずだ。桐椰くんが会ったことあるのは〝幕張匠〟であってどの〝亜季〟でもない。その出会いだって桐椰くんが一方的に言ってるだけで私は覚えてない。
「……本当に、ない」
「見覚えないの、俺に」
「あったら五月に気付いてる」
「高祢市と朝木市の境にある廃ビル。細い路地に面してる側に外階段がついてるヤツ」
脈絡なく口にされた建物の情報なんて眉を顰めてもおかしくないはずなのに──それなのに、言われた瞬間、その場所が鮮明に目に浮かんでしまった。管理されてないせいで枯れた蔓がぐるりと巻き付いている四階建てくらいのビル。入口扉のガラスにはヒビが入っていて、中にある部屋は扉が塞がれていたり、壊れていたり。部屋の中には時々何かの集団がいて、何かをしていた。そして人目に付かない細い裏路地に面している側には桐椰くんの言う通り外階段があった。腐蝕が進んでいたその階段は、誰かがふざけて上ろうとしたのだろう、地面に近い最初の数段だけ崩れていた。