第二幕、御三家の嘲笑
 脳内に蘇った光景は確かに記憶の中にあるものだった。あの場所に、桐椰くんがいた? でも私があの場所にいったことがあるのは幕張匠の姿以外ないはずだ。あんなところに雅を連れないで行くはずがないから。そうだとしたら桐椰くんが言ってるのは、少なくとも〝亜季〟じゃない、幕張匠のほうだ。桐椰くんが幕張匠に会ったことがあるのは松隆くんも言ってはいたから、それ自体は問題ない。問題なのは、桐椰くんが幕張匠と会ったことを私に会ったことに置き換えようとしているその事実だ。それが意味することなんて、幕張匠が私なんだと結びつけてしまったこと以外考えられない。


「……覚えてんじゃん、あの場所のこと。そこで俺に会ってないの、お前は」


 あの場所に行ったのは数えるほどだ。雅と一緒に行って、あのビルを遊び場にしていた不良達に絡まれたことがある。その中に桐椰くんがいた……? いや、そんなことは多分ない。何の理由もなく桐椰くんが他人に喧嘩を売るはずがない。じゃあそれ以外にあの場所で残っている記憶は……。ぐるぐると一生懸命頭を回す。他には……。

『うわー、カーワイソ』

 ……ある。一つだけ、私の中でイレギュラーだったことがある。思い出した。断片的ではあるけれど微かに記憶に残っている出来事があった。記憶を一生懸命探るあまり無意識のうちに顎に手を当て俯き加減だった顔を上げる。もしも、あれが桐椰くんだとしたら。

『アイツ、お前に会いたがってるよ』

 文化祭で聞いて以来考えていなかった、彼方の言葉を思い出す。あの時の彼方の言葉に省略されていた、桐椰くんが私に会いたい理由は、あの時は幕張匠だと思っていた。それが、初恋だった?

「……覚えてんじゃねーの?」


 桐椰くんがそんなことを言ってるってことは、桐椰くんは私が幕張匠だと知っていて、それなのに私が初恋だなんて、あの時に女だってバレてたってことだ。彼方と同じだ。喋っているうちにすぐに幕張匠(わたし)が女の子だと気が付いた。今になってみればどれだけ女好きなんだと呆れて笑い話になる程度のことが、まさか桐椰くん(おとうと)にも当てはまるなんて聞いてない。


「……なんで頑なに否定すんの」

「……なんで本当は覚えてるみたいな言い方するの」

「心当たりがあるからそうやって困った顔してんじゃねーの」

「……心当たりなんてない」


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