第二幕、御三家の嘲笑
 桐椰くん相手に嘘なんて沢山吐いてきたのに、どうしてか息が詰まる。いつも通りの顔で乗り切ってしまえばよかったのに、どうしてそれができなかったんだろう。


「……じゃあなんでそんな顔してんの」

「……暗くてよく見えないくせに」


 そんなことを考えていたせいで不貞腐れたような声を出せば──ぐん、と左手首を強く掴まれた。桐椰くんの寂しそうな表情が眼前にある。掴まれた手首は動かない。


「……離してよ、」

「……お前が嘘吐くときに目逸らすなんて珍しいじゃん」


 桐椰くんは私に近過ぎだ。私のことを何一つ理解できないくせに、距離ばっかりどんどん近くなる。何の答えにもなってないのに首を激しく横に振ってしまった。


「……俺の初恋の相手だと困ることでもあんの?」


 困る。そんなの困る。


「……なぁ亜季」


 ビクッ、と心臓が揺れた。桐椰くんは私の手首を掴んだままで、ただそれだけなのに、抱きしめられてるのと同じくらいの緊張感が走る。桐椰くんだけが私の名前を呼ぶくせに、そのくせ滅多に呼ばないくせに、こんな時だけ呼ぶなんて、桐椰くんにしては計算高すぎて出来過ぎで、狡い。


「教えて」


 その緊張感のせいか、懇願するような言い方のせいか、妙に静かな桐椰くんの声のせいか……、どれのせいか分からないけれど、逸らしていた目を桐椰くんに合わせてしまった。その瞳に私が映り込みそうなほど近かった。


「……やだ」

「……なんで」


 目を合わせたまま怯えたように首を横に振る。桐椰くんが会った相手が誰であれ、出会った場所を明確に覚えていて、それが私の記憶の中にもきちんとある。そんな切り札を持っていた桐椰くんの勝ちだ。


「だって……、」


 それでも私はバレたくない。桐椰くんの初恋の人にもなりたくない。


「だって、私、桐椰くんとこのまま一緒にいたい……」


 (つか)えを吐き出すような声でした告白は、きっと紛れもない私の本心で。私がはっとしたと同時に、桐椰くんが息を呑んだのがその手から伝わった気がした。


「……亜季」


 名前なんて呼ばないで。ぶるぶると首を横に振るのに、反って桐椰くんの手には力が籠る。


「それは、」


 ──コンコン、と。言葉の真意を確かめさせまいと狙ったかのように、会話を中断させる音が静かなバルコニーに響いた。


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