第二幕、御三家の嘲笑
「そうだよ、頑張ったよ。だって御三家が守ってくれるなんて思ってもみなかったから」

「じゃあ私は棚から牡丹餅ってことなんだね」

「分かったら――」

「でもそれ、無名役員になりたくて私に水をかけた有希恵が言えることじゃないよね」


 ぐっ、と、一瞬だけ有希恵が口を噤んだ。その後もう一度口を開く前に、立ち止まった有希恵の隣を通り過ぎた。ゴール地点でストップウォッチを押すからだ。移動し終えた後、ややあって、ピーッ、という宍戸先生の吹いた笛の音がする。


「最初に泳ぐ人は入ってください。もう一人はストップウォッチを確認して」


 二人一組になったから半減しているとはいえ、さすがに全員が泳ぐと監督が大変だということで、後ろには別の組の子が控えている。有希恵がここに着いた後、私はまた反対側に移動することになるなんて面倒なシステムだけれど、次回は五十メートルなのでその面倒は解消されるらしい。ストップウォッチ片手に宍戸先生を見遣り、その笛を咥える様子を確認する。


「よーい、」


 ピッ、という笛の音と共にストップウォッチを押し、有希恵が泳いでくるのを見守る。先生がいれば何をされることもない、ただの単調な時間。


「ねー、桜坂さんって、なんで御三家と仲良しなの?」

「うぇっ」


 そのとき、背後からの声に驚いて変な声を出してしまった。立っているのは隣のクラスの人だ。目まで含めてにこにこ笑っている。なんとなく、猫みたいだと思ってしまった。


「……えっと」

「あー、あたし、薄野(すすきの)っていうの」

「……よろしく」

「ねー、なんで?」


 薄野さんは、ストレートの黒髪を後頭部でポニーテールにしていた。多分腰まである。お手入れが大変そうなのに、それこそ絹みたいに綺麗でお嬢様感が出ている。茶色い目は、私にはあまり興味なさそうだった。


「あー、怖がんなくていーよー。あたし、御三家の誰も好みじゃないし」

「……珍しいね」

「二次元以外はB専らしいから、あたし。世界の救世主だからー」


 間延びした喋り方は飯田さんを彷彿させる。その言葉の通り、御三家には心底興味がなさそうだ。


「だから、純粋なキョーミ。なんで?」

「……なんでだろう。偶々、じゃない?」

「御三家も美人は三日で飽きるって思ってる、みたいなー?」


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