第二幕、御三家の嘲笑

(三)君は歳月を笑えない

「いい加減耐えられないんだけど」


 松隆くんが無言で席を立った瞬間によしりんさんの本日の第二声が響いた。松隆くんが「何言ってんだコイツ」みたいな目を隣から向けるせいでよしりんさんのこめかみに青筋が浮かぶ。


「ちょっと、『何言ってんだコイツ』みたいな顔してんじゃないわよ。アンタ達の空気が悪いから文句言ってんでしょーが!」


 よしりんさんがこの旅行に来てくれててよかったと心底思った。朝ご飯の担当は松隆くんと桐椰くん、なんていう最悪の組み合わせだったせいで、朝起きてみれば二人が無言でキッチンに立っていた。

 全く喋らないくせに松隆くんが粉を混ぜて桐椰くんがホットケーキを焼いているものだから、もしかして今喋ってないだけでちゃんと喋った後かな……?なんて淡い期待をしていれば、その後も無言でボウルをパスして無言で洗い物をしていたから、どうやら二人は仲良しのあまり無言でも連係プレーが成立してしまうようだ。偽物の阿吽の呼吸を見た気分だったし不気味過ぎて背筋が震えた。私より先に起きていた月影くんは私の顔を見た瞬間に「どうせ犯人はお前だろう」と決めつけた殺意の籠った目で私を睨むときた。大正解だ。

 その間も二人は着々と準備を整えゴトンゴトンと可愛げの欠片もない音を立てながら可愛いホットケーキの載ったお皿を並べているだけだったけれど、いつ何を言われるか分からない緊張感と危機感の狭間に置かれてその場を立ち去ることはできなかった。そうこうしている内によしりんさんが「おはよー」なんて空気の読めない挨拶をし、私と月影くん以外が返事をしなかったことだけで状況を察知し、全員が無言で朝食を食べ終え、今に至る。訊ねられた松隆くんはお節介が鬱陶しいとでも言いたげなわざとらしい溜息を吐いてみせる。


「別に、吉野に関係なくない?」

「寝惚けてんのか?」


 そう返したのは男バージョンの声だった。朝食後に着替えるらしいよしりんさんは、Tシャツとハーフパンツというごくごくありふれた夏の寝間着姿だ。しかし、同じ格好を昨晩していた松隆くんは華奢さが目立ったのとは裏腹に、よしりんさんはその屈強さが際立つ。体だけ見たときの物理的な力関係は圧倒的なのだけれど、松隆くんにの目には暴君とさえ呼べそうな苛立ちが浮かんでいる。たださすがにこんなところで喚き散らすような人ではないのは知っての通りで、自分のお皿だけシンクに持って行くと何も断らずに二階へと消えた。桐椰くんはといえば、松隆くんと部屋が同じだから出くわさないためには入れ違いになるしかなく、朝食を食べ終えると暇を持て余すように暫く頬杖をついて虚空を見つめていた。

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