第二幕、御三家の嘲笑

「……もういいですか」

「そう冷たいこと言わないでさ、折角海来たんだし」


 ぬっ、と、もう一人の男の人の手が伸びてきた。よしりんさんの腕とは真逆の、太くてごつくて毛深い男の人の手だ。ただでさえ見ていていい気分のものではないのに――自分の肌の露出度も相俟って、不意に工場内での出来事を想起してしまった。一瞬、脳裏に過ったのは、雅を殴り続けたあの人の下卑た顔だ。


「ヤッ……」


 ゾク、と背筋が震えたのは桐椰くんに伝わってしまっただろうか。ただ手を伸ばされたにしては激しく手を振り払ってしまって、パンッという渇いた音と共に「痛ッテェ!」と相手が大袈裟な声と共に顔をしかめた。なんだなんだと、人々が視線を送りながら通り過ぎていく。桐椰くんの手に力が籠った。


「大丈夫か?」

「ごめん……」

「おい、こっちに謝るのが先だよなぁ?」


 面倒なことになってしまった。桐椰くんが腕を引いて庇うように後ろに隠してくれる。


「……すいませんコイツ男苦手で」

「へー、男苦手なのに男だらけのメンツで海来てんの?」


 こんなときの言い訳は月影くんや松隆くんの専売特許だ。口で絡んでくる人とは相性が悪い……。スルーしてみんなのとところに帰れば大丈夫じゃないかな、と桐椰くんを見ていると、同じ考えらしく、ぐっと手を引かれた。


「……とにかく失礼します」

「待てよ、こーいうの、なんて言うか知ってる? ボーコー罪」


 うわ、薀蓄(うんちく)だ。やっぱり面倒くさい人じゃん、と桐椰くんを見上げると、私と同じで、ウゲ、なんて呻きたそうな表情をしていた。腕を振り払われた人が、ぐっとビールを一口飲んで続けた。


「知らねーの? 暴行罪だよ。証人はいくらでもいるし、言い訳はできねーよ?」

「……正当防衛だろ」


 いつになっても解放されないことに苛立った声が絞り出すように答えた。すると当然「はぁ?」と笑い声に聞き返される。


「成立すると思ってんの? 言っとくけど、俺達法学部だから、ネットで知りましたー、みたいな知識披露されても笑っちゃうんだよね」


 既にケタケタと笑っている。中途半端に知識を蓄えている馬鹿ほど鬱陶しいヤツはいない、なんて松隆くんなら言うだろう。月影くんなら法律も知ってそうだから簡単に論破できそうだけど、流石に桐椰くんはな……。相手にするだけ面倒だけど殴って逃げるわけにもいかないせい。とはいえこのままだと慰謝料だのなんだの言い始めそうだし……。

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