第二幕、御三家の嘲笑
 宍戸先生の声がした。答える余裕なく、ゴホゴホと咳き込む。本当は体の中の水を吐きたいとか酸素が欲しいとか、そんな理由でゲホゲホ言ってるだけだから、咳き込むと言うのもおかしいかもしれないけれど。取り敢えずプールサイドに上げられたお陰で、地上に手をついて更にゲホゲホと咳き込んだ。ビチャビチャと滴る水は私の口から出てきたのか、濡れている体の水滴がとめどなく流れているものなのかは分からない。取り敢えず、酸欠のショックか、涙がぼろぼろと零れ落ちているのは分かった。

 酷い、頭痛がする。


「大丈夫、桜坂さん!」


 宍戸先生の声は焦っていたけれど、溺れて間もなく駆けつけるなんて、さすがインハイ出場経験者だ。


「……だい……、ぶ……」


 ゲホゲホッ、と嘔吐する勢いで咳き込む。


「私が分かりますか?」

「……はい、」

「息も出来てますね? 念のため病院へ行きましょう。肺に水が入ったかもしれない……」


 ゴホッゴホッ、と咳き込む私の隣から宍戸先生が消え、毛布と一緒にやって来て、またいなくなった。病院へ行かせるためだろうか。

 代わりに見えた足の爪先には紺と白のボーダーのペディキュアが塗られていて、明らかに宍戸先生の足じゃなかった。


「いい気味」


 くすくすという笑い声は何人分かで、宍戸先生が戻って来る前に立ち去った。ふ、と笑ってしまう。


「……馬鹿は加減を知らない」


 下手したら死ぬっていうのに、お嬢様達は随分と世間知らずなようだ。



「足、つっちゃった?」


 病院で、初老の先生はそんなことを言った。隣に心配そうな宍戸先生が立っていたので、あまり間を置かず頷く。


「はい」

「そう。面倒かもしれないけど、ちゃんと準備運動しなさいね」

「はい、気を付けます」

「水が肺にでも入ったら大変だからね。次回からは、ちゃんと気を付けて」

「はい、ちゃんと運動します」

「一応なんともなかったけど、何か変なところはある?」

「いえ、特にはないです」

「そっか、それならよかった」


 流れるような遣り取りの後、診察室を出る。制服に着替えた私の隣で、ジャージに着替えた宍戸先生は心底安堵の息を漏らした。


「良かった……本当に驚いちゃった」

「私の準備不足ですみません」

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