第二幕、御三家の嘲笑



「……ねぇ、アナタ本当に総ちゃんと付き合う気ないの?」

「……よしりんさん」


 手を漱ぎながら思わず溜息交じりにその名前を呼んでしまう。


「言ったじゃないですか。松隆くんには断ったんですって」

「過去の男に向ける半分の感情と半分の理性なんて現在の恋で上塗りするしかないってアタシも言ったじゃない」

「いや、そうなんですけど、というかそう言われて気付いたんですけど。残り半分ならもう暫くの辛抱かな、みたいな……」


 どうせ消える感情なら、他人を利用してまで塗り潰す必要なんてないのでは。よしりんさんなら皆まで言わずとも理解してくれるだろうと思って言葉を濁せば舌打ちが返って来た。


「うぇ」

「何回言わせりゃ分かるのよ。花の寿命は短いのになんで有効活用しないわけ?」

「よしりんさーん……」


 勝手口の外に出ると、よしりんさんは腕を組んで壁に凭れていた。鍵を受け取って閉めていると、昨晩よしりんさんにしてもらったネイルが目についた。それこそ花の命を活用したのはBCC以来だ。


「今は恋愛したい気分じゃないんですよ……そういうのないです?」

「あったわよ。でもアナタに足踏みしてる暇なんてないわよ」

「そうは言いますけど、面倒くさいじゃないですか。誰かを大事にするのも誰かに大事にされるのも」


 ひょいとよしりんさんの掌に鍵を置く。よしりんさんの手には半透明のエナメルポーチがあるからそこに入るんだろう。


「感情はいつか昇華しますけど、記憶は消えないじゃないですか。忘れたいようなものに限って忘れられないですし。恋愛なんて普通の関係より他人を自分の近くに置いちゃうんだから、余計にそういうものを作っちゃうじゃないですか」


 そこまで言って口を噤んだ。

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