第二幕、御三家の嘲笑



「その点、遼はアイツにしかないもの沢山持ってるから。あんなにイイヤツ、そういないよ」

「……見た目のせいで余計にそう感じるのかもしれないけど、確かに優しいよね」


 見た目はただの不良(ヤンキー)のくせに、お人好しなくらい優しいこと。その優しさを考える度に、自分の言動をうしろめたく感じてしまうほど。そんな感覚を覚えることを否定する余地はないと言わんばかりに松隆くんは笑った。


「この間もさ、遼の得意な料理がふわとろオムライスだって話しただろ。ただのオムライスじゃなくて、ふわふわとろとろの。あれは遥の好物だからなんだ」

「弟の好きな食べ物だから得意だってことだよね?」


 遥くんが食べたいって言うからよく作ってあげたんじゃないの、と訊き直せば「それもあるんだけどね」と補足された。


「アイツの父親がいなくなった頃、遼もだけど、遥がすごく寂しがったから。おじさんも一緒にいた頃に外で食べたふわふわのオムライスが美味しかったって遥が言うから、家でも作ってあげれば元気になるんじゃないかって練習したんだよ、アイツが」


 馬鹿みたいに優しいだろ、と寂しいような、哀しいような、嬉しいような笑顔を浮かべてみせる。桐椰くんをからかうためにその得意料理を口にしたときとは全然違う表情で。その表情が、松隆くんの持つ劣等感の表れだった。


「そういうのもだけど、ね。アイツは無意識に他人に優しくできるから。俺は計算と打算じゃないとできないし、今更どうこうできるものじゃないし。そういうのも全部ひっくるめて昔から知ってるから、アイツには敵わないなって思ってるし、桜坂に気付かれてるくらいには言動に出ちゃってるんじゃない」


 いつもなら桐椰くんの、面倒見の良さとか優しさを通り越した、どこか心が痛くなるような気遣いに寂寥感に近いものを感じたかもしれない。でも、今は無理だ。松隆くんにそんな話し方をされると、桐椰くんのエピソードへの感想なんて抱けなかった。松隆くんのことを分かってたつもりじゃなかったけど、そんなの知らなかった。お金持ちの家に生まれて、容姿も頭も良くて、スポーツだって出来て、欠点らしい欠点なんて何もない松隆くん。だからこその苦しみがあることは薄々察することができても、幼馴染の桐椰くんにそんな劣等感を抱いていたなんて思ってもみなかった。桐椰くんをからかって遊んでて、もちろん仲良しで、心底桐椰くんのことを好きで、それでも、それとは両立しつつも乖離する、どこか嫉妬のような感情を向けずにはいられない。そんな松隆くんを、私は知らない。


「……松隆くんは恰好良いよ」

「いいよ、別に慰めなくても」

「ううん、本当に」

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