第二幕、御三家の嘲笑
「ちょ、待って!」
泥棒、とでも叫べばよかったのかもしれないけれど、どうせこの喧騒だ、振り向く人も捕まえてくれる人もきっといない。なんなら、スマホ程度、スマホの中にしかないデータなんて持ってないから失くしてしまっても大して問題ないと思ったせいで叫びそこねた。ただ、諸々のパスワードの類が他人に見られても大丈夫なものだとは咄嗟には確信できなかったせいでやっぱり追いかけてしまう。進行方向はお祭りをしている道の端、神社の方だから、ほんの少しでこの人混みはなくなる。そうすればすぐに見つかるだろう。その方向には松隆くんもいるから、松隆くんを連れて一緒に追いかけてもらえばいい。
輪投げゲームの屋台の前まで戻れば、松隆くんは別れたときと同じ場所に立っていた。
「松隆くん!」
「あぁ、おかえり。そろそろ戻――」
「スマホ盗られちゃった!」
「え?」
怪訝な顔をする松隆くんの腕を引いて神社のほうへ急ぐ。松隆くんは一瞬状況がよく呑み込めなさそうな顔をしていたけれど、ややあって「あぁ」と頷く。
「そういうことね。まぁ俺を連れていくのは正解」
「ですよね。だってわざわざこっちに逃げるんだもん」
そこそこ若く、それこそ高校生か大学生になりたてくらいに見えたから、多分彼等自身がスマホにあるデータを好き勝手することはできないだろう。だからどっちかいうと本命はスマホよりもその持ち主で、スマホを追いかけて暗がりに誘い込まれたところを――。想像しかけて、ぐっと唇を引き結んでしまう。結局誰の仕業か分かっていないとはいえ、雅の件は私に厄介な記憶を植え付けてしまったようだ。
お祭りをしている道が街灯以上の明かりに照らされていたこととの対比か、何の明かりもない神社の中は妙に薄暗く感じた。せいぜい月明かりで薄らぼんやりと、ともすれば薄気味悪く照らされているだけだ。松隆くんは困ったように眉を八の字にする。
「桜坂……、スマホって大事なデータとかある? クレカ番号覚えさせてたり」
「覚えさせてないですし、そもそも私はクレカを持ってませんよ松隆くん。親からお小遣い代わりに番号を教えられてたりもしません」
俺だって自分名義のものはないよ、と言われそうだったので先に返事をしておいた。そうですか、と松隆くんは溜息交じりの返事をする。