第二幕、御三家の嘲笑



「死ねよクソ野郎ッ!」


 その男が、鳩尾に爪先を叩き込むように蹴り上げられ、私の上からいなくなったと同時にゴトッと地面に転がる。私の腕を押さえていた人が「ひっ、」と息を呑んだ瞬間に、その横っ面が足で蹴り飛ばされるのも見えた。乱暴な激昂は聞き慣れた松隆くんの声で、腕が自由になった瞬間、腕を拘束していたのと同じくらい強い力で抱き起され、頭を抱え込むように抱き寄せられる。松隆くんが迷わず鳩尾を狙って蹴った人は内臓を直撃された痛みに悶え苦しみながら嘔吐している。赤い帽子の人はひっくり返っていて、多分脳震盪(のうしんとう)で気絶してる。でもそんなことはどうでもよかった。暗がりでも月明かりで分かる、松隆くんの側頭部、額、頬、唇、腕の創傷と、その傷に対応して滲んだ血。散々に殴る蹴るの暴行を加えられたことが分かってしまい、体が震えた。


「松隆くん、血……!」

「大丈夫だから」


 それなのに、松隆くんは私の体を反転させ、背中と木の幹との間に庇ってくれる。その背中にいても分かるくらい、呼吸は乱れていた。その背中だって汚れて泥だらけだ。それどころか、そのTシャツを捲れば怪我をしていることなんて容易に想像できた。慌てて当たりを見回すけれど、スマホは見当たらない。助けを呼べない。


「松隆くん、私のこと庇わなくていいから、」

「何言ってんの、桜坂」


 私が前に出ないよう、松隆くんの腕が体を押さえつける。後ろからぎりぎり見える松隆くんの横顔に、いつもの余裕はない。そのくせ、私の不安を拭うためか、無理矢理その口角を吊り上げてくれる。


「たまにはカッコつけさせてって、話しただろ」


 ――そんなの、こんなところでつけなくていい。ふるふると首を横に振るけれど、そんなの相手はお構いなしだ。


「うーわー、カーッコイイ、彼氏でもないのにね」


 そんな松隆くんが滑稽だとでもいうように、はん、と男が嗤う。


「じゃー、耐久レースでもして遊ぶ? 何分倒れなかったら勝ちにしよっか?」

「やだ! 松隆くん、お願い、誰か呼んできて、」


 私の足だと、神社の外に出るまでに捕まるかもしれない。そうなったらさっきと状況が同じになってしまう。反面、松隆くんなら追いつかれずに走ることはできるだろう。お祭りをしてるんだから助けはすぐに捕まるはずだ。傷に触れてしまわないように慎重に、懇願するようにそのTシャツを掴む。

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