第二幕、御三家の嘲笑



「お願い松隆くん、五分くらいならきっと大丈夫だから――」

「馬鹿言うな!」


 さっきと同じ、怒鳴り声。空気の振動が伝わってきそうなほどの大きな声。その横顔だって、怒っていた。


「こんなところに置いていけるわけないだろ! 俺がどれだけ桜坂を大事かまだ分かんないのかよ!?」


 ――やめてよ。目頭が、熱くなる。私なんか庇わないでよ。

 誰かに必要とされる人が、誰にも必要のない人を庇わないでよ。


「はーいはい、告白タイム終わっていー? 次は耐久タイムだ、ねッ」


 鈍い音を、松隆くんの腕と体が受け止める。狂気じみた高笑いがずっと充満してる。それなのに、松隆くんの右腕は力を失わずに私を抑え込んでいる。もうそんな力残ってないはずなのに、その腕が外れる気配はなかった。

 その後も、相手の攻撃の手が緩む気配もなかった。一番大柄な人は早々に飽きたのか、耐久レースを宣言した後は暫く離れたところで煙草を吸っていた。五人目は松隆くんに蹴られた衝撃が随分大きかったらしく、まだ地面に転がって荒い呼吸を繰り返している。いま松隆くんを殴っている相手は奇しくも昼間の二人だ。幸いにも――なんて言っていいのか分からないけれど――二人はさして慣れていないらしく、二人がかりでも松隆くんに決定的な打撃を与える気配はない。ただ、松隆くんの消耗は激しい。丸一日海で遊んで、さっきまで重い打撃を受けていたのだから当然だ。

 ふー、と煙草の煙が吐き出されるのが見えた。


「あーあ、しぶといな」


 煙草を咥えたまま、その人がズボンのポケットから何かを取り出した。月明かりにきらりと反射する。ゾッ、と寿命が縮まりそうなほど背筋を悪寒が這い上がった。刃物だ。


「松隆くんナイフ!」


 逃げ場はないと気付いている松隆くんが焦ったように舌打ちした。


「痛ッテェェ!」


 それだというのに、上がった悲鳴は松隆くんのものではなかった。悲鳴の主を見れば、その腕にカッターナイフが刺さっている。ぞっ、と、血の気が引いた。

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