第二幕、御三家の嘲笑



「総!」


 怒鳴るような低い声が松隆くんの声を呼んだ。知らない声だった。

 でも男の人達にとっては、男の仲間が来たと思うだけで十分だ。カッターナイフを持った人は素早く刃をしまうと「チェッ、騒ぎ損か」と吐き捨てて駆け出した。松隆くんに鳩尾を蹴られた人もやや体勢を崩しながらその後を追うように走って逃げだす。昼間私に声をかけた人も「は、え、マジかよっ」と困惑しながらも逃げ出した。気絶する一人と、刺された一人は、置き去りだ。

 背後の松隆くんが、ほっとしたように座り込む気配がする。慌てて振り向いて抱き留めれば、やっぱり肩で息をしていた。私に凭れられるようにその背中に手を回すと、ぐったりと私の肩に額を当てる。


「松隆くん……、大丈夫……?」

「……大丈夫。疲れただけだから」

「総ちゃん!」


 パッ、と背後から懐中電灯の光に照らされた。振り向いたそこにいたのはよしりんさんだった。走ってきたのか、荒い呼吸をしている。その手にはどうして懐中電灯があるのだろう。


「亜季ちゃん……、なにこれ、どうしたの!」

「よしりんさん……、救急車、」

「分かった」


 そっか、最初に松隆くんの名前を呼んだのはよしりんさんの声だったのか……。あまりにも男っぽい声だったから分からなかった。よしりんさんが「すいません救急車お願いします」と背後で電話をかけてくれているのが聞こえる。ほっとして、松隆くんを抱きしめたままずるずるとその場に座り込んだ。すると、凭れるのが申し訳ないとでもいうのか、松隆くんは木に背中を預けてしまった。その状態で、荒い呼吸を繰り返している。


「松隆くん……、」


 縋るようにその名前を呼ぶのに、松隆くんは何も言わない。視線を下に落としたまま、ただ呼吸を整えているだけだ。それが松隆くんの体の状態を示していることくらい分かってるのに、名前を呼ばずにいられない。

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