第二幕、御三家の嘲笑
 気が付かなかったけれど、桐椰くんが片手に持っていたのは私の鞄だった。制服とか、更衣室に置いてあったものは宍戸先生が持ってきてくれたけれど、他のものは教室に置いたままだったから。とはいえ、中に入っているのは筆記用具一式くらい。スマホも財布も更衣室の金庫の中だった。そう、貴重品類を預ける金庫が別にあるなんてセキュリティ、驚かざるを得ない。


「何より、シャワーを浴びる必要もあるんじゃないか?」


 眼鏡の奥から冷ややかな眼光を向けたのは月影くんだ。確かに今の私は塩素を含んだ水分を拭き取っただけでかぴかぴだ。悪くないとはいえ何も言い返せずに口を噤めば、「決まりだね」と松隆くんの返事がきた。


「松隆くんの家ってどんなとこ?」

「広い」


 一言桐椰くんが答えた。そんな感じはする、お坊ちゃまだし。


「あとお手伝いさんが常勤。弓親さんってのは一番長く勤めてる人」

「そんなに沢山お手伝いさんがいるの?」

「あの広さを一人は無理だろうなあ」


 そうじゃない、そうじゃないよ松隆くん。


「まあ、総の家はマジで広いの一言に尽きるから。どんな家か知りたいなら見るのが一番早いと思うぞ」


 まあ、松隆グループのご実家ともなれば仰天するくらい広いとは思うけれど……。窓の外にある家々を眺めて想像力を働かせていたけれど、数十分後、その想像力が乏しかったことを知った。

 タクシーを降りた私の目の前にあったのは、巨大なマンションみたいな広さの一戸建てだった。塀が途切れない。一区画丸ごと一つの家。門の前にどこの要人の家なんだって思うような黒服のオジさんが二人立っている。松隆くんが「ただいま」なんて言うと「お帰りなさい」と頭を下げる。桐椰くんと月影くんは慣れているせいか素知らぬ顔で後ろをついていくけれど、私は桐椰くんの腕でも掴んでないと怖くて門をくぐれなかった。


「え、何。何あれ!」

「警備員」

「そんなの見れば分かるよ! あんな屈強なメイドさんいたらびっくりだもん!」

「強盗にでも入られたら困るだろ」

「そもそも松隆くんのおうちに現金なんてあるのかというお話につきまして」

「飾り物がそこそこいい値段するんじゃない」


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