第二幕、御三家の嘲笑
「はいはい、承知致しましたよ。亜季さん、こちらへ」

「あ、はい……」

「総二郎お坊ちゃん、目を瞑るのは今日だけですよ」

「……悪いね、弓親さん」


 授業をサボったことをただ咎めるにしては妙な遣り取りを遺して、松隆くんは桐椰くん達と安堵の息をつきながら廊下に足を踏み入れる。私は弓親さんに丸投げされたらしく、三人は「確かに久しぶりだな」「二か月ぶりじゃね」なんて大して久しぶりでもないのに松隆家を懐かしんでいる。私は一人玄関に取り残されたまま弓親さんを見上げた。


「……えっと」

「こちらへどうぞ。すぐにご案内しますから」

「……お邪魔します」


 私のすぐ前を弓親さんは迷いなく歩いたけれど、私には道順がさっぱりだった。大きすぎて全体像の把握できない家で、やってきた脱衣所は一体どこに位置しているのやら。松隆くんも絶対小さい頃に迷子になってるに違いない。

 脱衣所ですら観察するのに事欠かないほど豪華で、高級ホテルの一室みたいだった。ぼーっと佇んでいると、弓親さんがささっと着替えを持ってきてくれる。


「シャワーを浴びたらこちらへお着替えください。脱いだものは置いていていただければお帰りになるまでに洗っておきますから」

「……すみません」

「ごゆっくりどうぞ」


 お構いなく、とでもいえばよかったのかもしれないけれど、借りた服をそのまま着て帰るのも気が引けるので甘えておくことにした。一人になった脱衣所で眼鏡を外し、服を脱ぎ捨てる。おそるおそる覗いたお風呂場 (というのが正しいのかは知らないけれど)には、大の大人が悠々と足を延ばせるほどのバスタブと、ガラス張りのシャワー室があった。


「……金持ち」


 そういえば生徒会はお金持ち集団で、そのお金持ち集団は松隆くんに手を出せなかったのだという事実を再確認してしまった。そりゃ、こんな家の息子に手は出せない。門の前に立っていた黒服警備員に国外追放なんてされてしまいそう。

 サー、と頭からお湯を浴びて塩素を流す。髪も肌も、確かにベタついていた。借りたシャンプーとリンスとボディーソープは全部同じ銘柄で統一されていて、ラベンダーのような香水のような、よく分からないけれど高級感漂う香りがした。

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