第二幕、御三家の嘲笑
疲れた。ある日、そんな日がやってきた。誰が声をかけるでもなく、同じ頃に再び三人で集まって、黙って座っていただけの日に、駿哉だったか、遼だったか、はたまた俺だったかが、そう言った。三人共そうで、あぁ、疲れたな、と残る二人も返事をした。
疲れていた。流石に命がヤバいと思えるほどの喧嘩に飛び込んだって、甘美な誘惑の具現みたいな女を抱いたって、結局何がどう変わるわけでもなく、寧ろ変わらない自分の虚無に一層疲れてしまった。もうやめようと、三者三様の所業を三人一斉に辞めた。その残滓は、あるけれど。
そんなことを、桜坂には話していない。「鹿島くん、上手なんだねぇ」と気を遣って会話を続けようとする彼女に適当な返事をしながら、空を仰いだ。久しぶりの運動はわりと堪えたらしい、体が怠い。目を閉じて、肩にかけていたタオルを目蓋の上に載せた。真夏の日差しはそれでもしつこく光を与えてくる。
――桜坂に話していないのは、話す必要がないからであって、話したくないからではない。訊かれてもないのにわざわざそんな話をする必要などない。「透冶が死んだ時はクソみたいな毎日だったよ。その気にさせる会話の運びなんて余裕だし、後腐れなさそうな女引っかけて抱いて、それでもつまんねーなってぼやいてたよ」なんて言って何になる。他人から聞けば恥ずかしいだけの黒歴史をさも武勇伝かのように語り寒い空気を醸成するありがちなクズは御免だ。……それが理由であるはずだったというのに、最近、そんな理由は後付けの理屈になってしまった。タオルの隙間からは桜坂の顔は見えない。隣にいるのを確認できるだけ。
「お昼休憩に入るし、教室戻ろうよ」
「嫌だ」
「嫌だって、なんで」
珍しく駄々をこねた自覚はあった。そう、駄々だ。
最近、少し後悔していることがある。透冶のことを調べるために、一人女子を捕まえようと提案したのは俺だった。誰が引っかけるのでもいい、ただし生徒会と無関係であることが絶対条件だ。それだけにはしていたが、本当はもう一つ決めていることがあった――俺達を好きになりそうにないこと。遼が桜坂を連れてきた日、候補ミスってるだろ、と内心では思った。
地味で、芋臭いというかなんというか、それでもって生徒会に虐められてるなんて、最悪の候補じゃないか。味方がいないところに都合よく手を差し伸べられて好意を抱かない女は少ない、そんなありがちなシナリオが頭に浮かんだ。だから適当に理由を付けて不合格にする予定だった。
それなのに……、桜坂は俺達が必要な女子の条件を十分に満たしていた。いや、本当は十分ではなく、最悪だった。生徒会に歯向う度胸があり、頭がよく回り、そして俺達を好きにならない。いや、関心という意味では寧ろ逆で、俺達に綺麗に一線を引いて踏み込ませまいとしている節があった。
それに気付いたのはBCCが始まった頃だった。何も分からなければ気になるけれど、何も分からないとあまり感じたことはなかった。何か隠していることは知っているけれど、誰にだって秘密はあるものだ、その程度のものだった。
それなのに、それが全部計算だと気が付いたとき、ゾクッと、震えが走った。
「俺のクラスに、桜坂はいない」