第二幕、御三家の嘲笑
保護者と目撃者と侵略者

(一)目撃者


 扉を開けようとして、思わず手を止めた。数秒と経たずに咄嗟の判断で全身も止めた。そっと、扉から廊下側へ数歩離れる。

 扉の小さな小窓から、ソファで眠る友人が一人、その頭の向けられた肘掛に座る友人が一人、目に入る。どうせ男しかいないからと置いたソファは、女子なら悠々と寝転ぶことができる。現に彼女は、座っていたところをそのまま横になったような姿勢で寝ているのに窮屈そうな様子はなかった。ただ、ソファのサイズ検証などに興味はない。問題は……、そんな彼女をじっと眺めて、指を伸ばし、控えめに頬に触れる遼だ。


「…………」


 果たしてこのまま見ていていいものか。罪悪感に近い感情が芽生える一方で、友人の持つ感情を明確に知りたいという好奇心のような感覚が渦巻く。ここ最近ことあるごとに懸念していたせいで、その想定が現実のものになるのかとの不安に駆られる。不安……。少し首を捻る――不安、か?

 遼が頬に触れても桜坂が目覚める気配はない。暫くつつくようにその頬に指先を沈み込ませていたが、ややあって離し、寝ているのを確認してから安堵したような表情を見せる。彼女を眺めていて何が面白いのか、何の興味があるのか、何の意図があるのか知らないが、遼が彼女の隣から離れる気配はない。彼女は寝ていて、遼はただ座ってその顔を――寝顔を眺めているだけだ。(いたずら)に時間が過ぎるだけの無駄な行為だ。桜坂は寝ているから体力を回復させているわけだが、遼は何もしていない。ふむ、と首を傾げた。声を掛けるのをやめておこうとだけは思っている。今この時だけではなく、これから暫くの遼の行動に興味があるからだ。

 暫くすると、彼女が少しだけ体を縮めた。おそらく冷房の効いた教室は活動するには心地よくとも、眠りにつくには幾分寒い。桜坂が起きたと思ったのか、遼は一瞬慌てた表情を見せる。だが肌寒いのだと気が付いたらしく立ち上がる。俺の視界から消えて教室の奥へ行ってしまった。

 おそらくクローゼットから掛布団に代わるものを持ってくるのだろう。十数秒の後、遼は予想通りその手にパーカーを持って帰って来た。夏の間は冷房の効きすぎる教室内でしか着ていない紺色のパーカーだ。それを桜坂に被せている。遼は再び先程までと同じように肘掛に座った。ついでに、まるで宥めるように彼女の頭を撫でる。すると彼女が身動ぎした。遼の手は俊敏に引っ込められ、何事もなかったかのようにポケットに戻る。彼女が起きることを危惧したのだろうが、彼女は自分の上に掛けられたパーカーを引っ張り、掛布団から抱き枕代わりにしただけだった。

 遼が頬を緩める。俺や総と違って表情の豊かな遼はその感情がすごぶる分かりやすい。お陰で、懸念事項は思いの外すぐに確信のある現実となってしまった。

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