第二幕、御三家の嘲笑
 でも沈黙は沈黙で気まずい。重い空気に耐えかねたまま迷路のような家の中を歩いていると、不意に見慣れた姿が出現した。


「あ、桐椰くん!」

「あ?」


 救世主! 慌てて駆け寄ると桐椰くんは当然怪訝な顔をする。でも弓親さんを見て、「あ、コイツ連れて行きますから」といい申し出をしてくれた。


「あら、ではよろしくお願いします」

「ほら行くぞ」

「はいはーい」


 桐椰くんは弓親さんと同じように迷わず歩く。幼少期に遊び場にしていただけある。


「桐椰くんは迷子にならないの?」

「飾り物の位置が変わるとちょっと困るけど……まあ平気だな。駿哉がいれば絶対迷わねーで済むけど」

「ああ、地図読めそう」

「そういうこと」


 数学で私に負けたことにあれだけ憤慨したくらいだ、きっと数学に自信があって、空間把握もお手の物なんだろう。


「お前すぐに迷いそうだよな」

「そうなんだよねー、私方向音痴なんだよねー」

「ああ、すっげー分かる」

「私の中では合ってるんだけどね? 現実が私の頭についてきてくれなくてね?」

「お前の頭が現実についていってねーんだよ。分かりやすいボケはやめろ」


 ああ、やっぱり弓親さんの隣は落ち着かなかった。いつもの私だ。そう安心しきっていたせいで、階段に差し掛かったところでかくんと(つまづ)いた。


「わっ、」


 同時にぐん、と体が引かれる。


「家の中で転ぶなよ」


 間抜けだな、とでも言いたげな声が降ってきた。ほとんど反射的に私の腰を支えてくれた桐椰くんはどこか不機嫌そうだ。くるりと振り向いたところにあった顔は、実際しかめっ面で。


「……どうかしたの?」

「どうもしねーよ」

「怒ってるじゃん」

「だからどうもしねーって言ってるだろ」

「何かあったの?」

「だから何が」

「……へんなの――っと、」


 桐椰くんに支えられたはいいものの、振り向いて階段の踏み面からはみ出してしまったかかとのせいで、今度は背中から落ちそうになる。桐椰くんは不機嫌そうに眉間に皺を寄せたまま、更に腰を強く引き寄せてくれた。

 こんなに近くにいるのは、第一次生徒会室潜入事件以来だ。


「……危ねーだろ」

「ごめんごめん」


 今日も桐椰くんからは柑橘系の香りがする。


「……総と同じ匂いがする」


< 43 / 438 >

この作品をシェア

pagetop