第二幕、御三家の嘲笑
思わず、壁に背を預けてしまった。日の当たらないその壁はひんやりと冷たくて、背中がじんわりと冷えていく。そのせいで現状を――アイツとの差を、冷静に考えてしまった。
「あー……しんどいな」
アイツに勝てるわけねーじゃん。総の意味深な言葉を思い出す度にそう思う。あんなヤツが傍にいて、好きにならないわけねーじゃん。もし、総が本当にアイツを好きなら、敵うわけねーじゃん。挙句の果てに話が合うとか、もう無敵じゃねーか。女の趣味なんて全然違うはずなのに、なんでアイツだけは総も好きになるんだよ。
何も言わないまま総にとられる前に、言ってしまえばいいのだろうか。そうすれば、何か変わるだろうか。優勢になるなんて微塵も思っちゃいないけれど、何もしないでいるよりマシだろうか。それは関係を崩すことになってしまってもマシだと思えるほどのものなのだろうか。考えても答えは出ない。ポケットに手を突っ込んで、気付けば自分の足元を眺めていて、無意識に溜息が零れた。
「……らしくねーや」
ゴチャゴチャ考えるのはやめとこう。俺は総と違って、どれだけ綿密に物を考えていても、どうせ最後には感情で動くことくらい分かってる。裏を返せば、総は考えきるまで――答えがはっきりと分かるまで、何もしないはずだ。お互い少しの猶予はある。
結局そんなことまで考えてしまって、嗤ってしまった。あーあ、アホらしい。背中を壁から離して、総とアイツがいなくなったのを確認して歩き出す。
その猶予がなくなるまであと少しだなんて、露知らず。
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運命の枷
「相手一人ボクシングやってたっぽくて。ボクシングは狡いよな。初動が速いというか、最初に一発当てにくるし、しかも重いし。あれはマジでキツイ」
はは、と、総は下手な笑い方をした。俺達の中で誰より――どころか唯一作り笑いの上手いコイツが、そんな下手な笑い方をするのは珍しかった。満身創痍のその体は痛々しく、そのせいかとも思えたけれど、多分理由はそれじゃない。
「場慣れしてるしなぁ。どう見てもこのやり方で女誘うの初めてじゃないです、って様子だったし。男が一緒にいてもやり方変える程度だし。あんなヤツら相手にした俺が馬鹿だった」
勝てない喧嘩を売るタイプじゃないのにさ、と聞いてもないことを喋り続ける総も珍しかった。俺が謝罪の言葉を口にするのを許さないように、そんな言葉で口を挟むのを拒否するように、喋っている。
「……総、」
「謝るのはなし。一回謝るごとに百円俺にくれ」
漸く口を挟む隙を貰えたかと思えば、この有様だ。口を閉ざせば、総も黙る。
「……なぁ、遼」
ややあって、総はもう一度口を開いた。
「お前、桜坂のこと好き?」
アイツは吉野に連れられて事情聴取に行ってるからこの場にはいない。駿哉も自販機に飲み物を買いに行っていていない。それでも、このタイミングで訊く理由は分からない。