第二幕、御三家の嘲笑
本当にマズイことが起こってるんじゃないかと気が付いたのは、ガシャンッ、とスマホが地面に激突した音が聞こえてからだった。
二人の居場所が神社としか分からなかったから、吉野が射的をしていた屋台の人に聞いて、慌てて向かった。あの状態の二人を前にして、間に合ったと言っていいのか、それとも間に合わなかったと言うべきなのか、分からなかった。暗い境内に、腕から血を流してヒィヒィ言ってる男が一人、気絶して寝転がってる男が一人。総と、総を抱きしめるアイツが一人。状況はあまり理解できなかったけれど、総が満身創痍なのくらい、吉野の持つ懐中電灯の明かりで分かった。いつもなら心配して駆け寄った。それなのに。
「ごめん、桜坂……」
その囁きが聞こえてしまった。聞かなきゃよかった。そんなもの、聞こえなくてよかった。
そうすれば、総がアイツの頭を引き寄せて、キスしてるところなんて見なくて済んだ。
「遼?」
はっと、我に返る。総は「まだ保留中ならいいんだけどさ」と困ったように眉を寄せて笑っていた。
「……悪い」
きっと答えは出ていた。分かっていた。じゃなきゃ俺が総を助けに行かないわけがない。あんな些細な喧嘩してたところで、総が危ないって分かれば助けに行かないわけがない。危険だとはっきり分かっていなくても、その安否を確かめるくらいはしたはずだ。それが出来なかったのは、アイツを連れて行った総が羨ましかったからだ。
なんでもできる。なんでも持ってる。ただでさえそれなのに、アイツと話が合うとくる。そんな総に敵うわけがないと知っていた。だから、昨日の夜、総に言われたときに思わず零してしまった、「なんでお前なんだよ」と。他の誰かならまだ望みがあったかもしれないのに、なんでよりによってお前がアイツを好きなんだよ。お前のこと好きにならないわけがないだろ。
今まで、何に負けても、総に嫉妬したことなんてなかった。総は総だ。総は凄い。それだけだ。それだけ、だったのに。初めて抱いたその感情は、総を見捨てるくらい、残酷だった。
「……遼」
「……なんだよ」
「俺達、馬鹿だな」
そうだよ。馬鹿だよ俺は。アイツを好きになったせいで嫉妬してお前を助けに行けないくらい、馬鹿で最悪だよ、俺は。
「透冶のためだけの女だから俺達のことは好きにならないでね、なんて偉そうに言ったくせに。あの時の俺達に見せてやりたいよ、本当」
総が、そんな自嘲を口にした、十数日後。
「良かったね、桐椰くん」
アイツは、いつもの調子で笑った。
「初恋の人、見つかったよ」
――あぁもう。本当に、俺は馬鹿で最悪だ。