第二幕、御三家の嘲笑
 耳元で囁かれた声に、酷い耳鳴りがした気がした。

 桐椰くんから見えないのをいいことに、ぎゅと目を瞑る。


「松隆くんと同じシャンプーだからかな? でも女の子の匂い嗅いじゃうなんて変態なのかなー?」

「うるせぇ落とすぞ」

「あっ、やめて! ちょっと本当に危ないからやめて! 頭打っちゃう!」


 包み込まれたときの感触は、ついこの間、雅と会った時のそれと似ていた。



 桐椰くんに連れていかれたのは、松隆くんの私室ではなかった。多分そこは応接間か何かで、あまりにも他人行儀な空気感の漂う場所だった。サイドテーブルを挟んで読書中の月影くんと向かい合っていた松隆くんは、桐椰くんに連れられて入ってきた私を見て頷いた。


「良かった。無事ソファが塩素で汚れることはなさそうだ」

「松隆くんの私の扱い酷くない?」

「一緒に戻って来たんだな」

「無視?」

「偶々(たまたま)拾ったんだよ。コイツが弓親さん苦手で仕方ねーって顔してたからな」

「あれは桐椰くんに会えて嬉しくて仕方ない顔だよ?」

「冗談は顔だけにしてろ」

「何で月影くんが毒を吐くの!? 大体いまの私の顔そんなに酷くなくない?」

「はいはい、見違えましたよお姫様」


 散々罵った挙句、最後に松隆くんの粗雑な讃称(さんしょう)にあしらわれた。本当にこの三人は私のことを何だと思ってるんだろう。座れば?と松隆くんに隣を指さされ、横柄な態度でよっこいしょと座り込む。向かい側に座った桐椰くんは変わらず不機嫌そうで、肘掛に頬杖をついてそっぽを向いていた。想定通りというかなんというか、松隆くんと月影くんの前に置いてあるのはアイスティーなのに、桐椰くんの前にはオレンジジュースが置いてある。ぜひからかって遊びたいところなのに、不機嫌というのはなんとも残念だ。


「で、桜坂」


 ついでに松隆くんと月影くんが構う様子はない。私がいない間に何かあったということだ……。


「誰にやられた?」


 ――ああ、リーダーは何でもお見通しなのか。真顔がこちらに向いていたけれど、ひょいと投げ出した足を見つめながら「さあ?」と答えた。


「わかんないよ。だって泳いでたんだよ? 気付かないって、誰に足引っ張られたかなんて」

「宍戸教員に黙ってたのは正解だな。優秀な教師一人をみすみす更迭(こうてつ)する必要はない」

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