第二幕、御三家の嘲笑
 まだ、家に帰るには早すぎる。桐椰くんは眉を顰めて見せるけれど、松隆くんは平然と「ならいい時間までいていいよ」と言い放った。


「ここにいられて困ることはないし。暇を潰したいなら本でも貸すし」

「あ、いいの?」

「俺は別に」

「……だったら俺は帰る」


 最後まで不機嫌なまま、桐椰くんは鞄を持ってそのまま扉の方へ向かう。月影くんが目で追い、松隆くんが顔を向けて頬杖をついた。


「遼」

「何だよ」

「何怒ってんの?」

「別に何も怒ってねーよ」

「じゃあ何にイライラしてんの?」

「別にイライラしてねーよ!」


 ああ、苛々してるんだ……。その感想は私達三人共共有したと思う。わざわざ振り返って返事をした桐椰くんはそのまま出て行った。お高そうな扉なのにバンッなんて大きな音がする。松隆くんはそのままの体勢で呆れた声を出す。


「本当分かりやすいなあ、アイツ」

「馬鹿らしさの極みだがな」

「ねぇ、何で桐椰くんあんなに機嫌悪いの?」


 てっきり松隆くんと月影くんは知っているものだとばかり思ってたのに。アイスティーを飲みながら訊ねるけれど、松隆くんは怪し気に口角を吊り上げるだけだし、月影くんはいつもの無表情だ。


「え? 何で?」

「さあ、何でだろうね」

「馬鹿馬鹿しい理由だ、気にするな」


 首を傾げ続ける私に、松隆くんが本を一冊差し出す。〝細波の向こう側で〟というタイトルの本。


「これ。好きそうだから貸すよ」

「あ、ありがとう……」


 受け取りながら、さっきとは別の意味で首を捻る。

 月影くんは私に興味がない。だから私が帰るには早いと言っても何も言わない。でも松隆くんは、そうじゃない。

 以前、松隆くんと話をしたことがある。桐椰くんも月影くんも知らない、私と松隆くんは、第六西で、二人で話をした。

『桜坂は、何かに縛られてないの?』

 松隆くんは、もしかしたら、私が幕張匠だと知っているのかもしれない。

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