第二幕、御三家の嘲笑
「だろうね。何も考えてないというのは乱暴な言い方だけれど、少なくとも必要ないと考えて辞退したとは思う」

「それならわざわざ手間暇かけて彼女に何かしてやる必要などないだろう?」


 馬鹿馬鹿しい――そう言いたげに駿哉は頭を振った。


「それとも総、お前には他に理由があるのか? 彼女を守るべき理由が」

「守るべき理由はないね」


 きっぱりと総は否定した。そのはずなのに、俺も駿哉も、その微妙なニュアンスに気付いて眉を寄せる。


「……じゃあ何がある」

「そうだねぇ」


 アイスティーの入ったグラスを持ち上げ、ストローを軽く食み、喉を潤して、余裕たっぷりの声は告げる。


「しいていうなら、下心かな?」


 ……何?

「下心?」

「冗談だよ」

「お前の趣味を本気で疑いたくなるからやめてくれ」

「駿哉、本当に桜坂のこと鬱陶しがるよね」

「鬱陶しさの極みだ。無駄に頭が良いというのが腹が立つ」

「認めるんだ?」

「狭量な男にだけはなりたくないからな。今後一科目たりとも負ける気はないが」

「根に持つ男にもならないほうがいいと思うけど」


 総と駿哉の他愛ない遣り取りが頭に入ってこなかった。総の横顔はいつも通り、何も変わらなかったけれど、つい先ほどの短い台詞が頭の中を巡っている。

『しいていうなら、下心かな?』

 総がアイツを守って、それでアイツが総を好きになればいいって? 下心って、そういう意味か? 二人の遣り取りを聞く限り、その意味で間違いない。

 どう、なる? 総のその台詞が冗談だとしても、アイツは総の言動に(ほだ)されるのか? 好きに、なるのか? 心中で判然としない感情が渦巻く。

 総。松隆グループ代表取締役の次男。家柄、容姿、頭脳、全てに文句なし。真意の読めない言葉と、それなのにどうしても人を惹きつけてやまない空気感。

 ――好きに、ならないのか? こんなヤツが傍にいて。


「どうした、遼」


 その時の自分がどんな表情をしていたのか知らない。総は訝しむでもなく、ただいつものように笑ってるだけだ。きっと、俺達くらいしか知らない、その笑顔の裏。俺の今の表情の理由を知っているのに、俺が自覚していないことを突き付けるかのように、笑顔で責め立てる。

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