第二幕、御三家の嘲笑
 自覚? 自分の中でその単語を反芻させて、疑問符を付けた。俺は、何を自覚してないんだ?

「……別に」

「桜坂の話なら冗談だから安心しろよ」

「冗談だったら安心するってなんだよ。意味分かんねー……」


 意味は分かる。でもお前の言葉が本当なのか分からない。

 それ、本当に冗談で言ったか?

「遼、どこいくんだ?」

「……トイレ」


 ああ、無性に、イライラする。応接間を出て、行く気もないトイレに向かいながら、総の家が広くて良かったと思った。ただトイレに行くにも遠いのは事実だから、少々戻らなくても勘繰られることなんてない。お陰で頭を整理する時間がある。

 実際、廊下を一人で歩きながら、答えを出した。なぜ、総は唐突に初恋の話でからかってきたのか。

 俺がまだ、名前も知らない誰かを好きか確認したかったんだ。

 アイツじゃない別の誰かを未だ好きなのかを、総は確かめたかった。


「……嘘じゃねーか」


 全然、冗談なんかじゃない。総の言葉は、きっと、冗談なんかじゃない。

 指紋一つついてなさそうな綺麗な壁に手をついて、溜息を吐きたい気分だった。でもそうもいかずに足を動かす。気が重い。何で総なんだ。何であんな、完璧を具現化したみたいな、よりによって親友が――。


「あ、桐椰くん!」


 内心の悪態を遮ったのは、わざとらしいくらいに明るい声だ。いい加減聞き慣れたその声の主が誰かなんて決まってる。弓親さんに連れられて、漸くまともな身なりになったんだろうと、ただ呼ばれて振り向いただけ。

 それなのに、時間が止まった気がした。

 赤いリボンと共に編み込まれた髪。何をどうやったのかさっぱり分からないが、いつものぐっしゃぐしゃな髪どこへやら、綺麗にブローされて、柔らかく内側に巻かれてて。編み込んだ分が後頭部に隠れてるのか、ボリュームも収まって。

 知っている。その姿を、見たことがある。

 狼狽した喉が、ごくんと鳴った。いや、そんなはずない。気のせいだ。


「……あ?」


 なんだよ。犬みたいに寄ってくんじゃねーよ。俺に会えて助かったみたいな顔してんじゃねーよ。どうせ演技なんだろ。

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