第二幕、御三家の嘲笑
そう思ったのに、どうやら今回は本当らしい。まるで弓親さんの視線から逃げるように駆け寄ってきたその顔は少しだけ強張っていた。弓親さんは苦笑いしている。まるで自分は動物好きなのに当の動物からは一向に好かれないかのよう。
「……あ、コイツ連れて行きますから」
弓親さんはすぐに頷いて踵を返した。その対応に、目に見えて安堵するすぐ隣の横顔。弓親さんの何が苦手なんだ。顔が怖いわけでもない、鬱陶しいほど世話を焼かれるわけでもない、他人との距離が近いわけでもない、そんな弓親さんの何が、と眉を顰めながら見下ろしている内に、また、確認させられた。
俺は、コイツのことを何も知らない。
「ほら行くぞ」
「はいはーい」
一瞬だけ覚えた既視感は、何かの間違いだ。
それなのに、目の前で階段を踏み外したその体を支えたとき。驚いたその目が真っ直ぐにこちらを見つめて来るときに、気が付いた。
『あの、大丈夫、ですか……?』
似てる。
「……どうかしたの?」
どうして気が付かなかった。髪型のせいか? 角度のせいか?
「どうもしねーよ」
一番最初に分からなくなったのは、声だった。総達に散々揶揄われてやまないそれの相手を、ずっと覚えているつもりだったのに、言葉を覚えているのに、声が思い出せない。だから、この声が同じなのかどうかまでは、分からない。
だから、気が付かなかったのだろうか。コイツが似てると。
再び足を踏み外したその体を抱き留める。もし、コイツが、あの子なら。
「……危ねーだろ」
「ごめんごめん」
違う。初めて下駄箱で会った時、なんとなく既視感を抱いたじゃないか。本当に、ほんの少しだけ、記憶に引っかかったじゃないか。
何で、それを、ずっと放っておいたのだろう。
鼻腔を擽るのはラベンダーの香り。桃の香じゃない。
無性に、イライラした。俺はコイツのことを何も知らない。コイツは俺に何も教えるつもりがない。
脳裏に過るのは、菊池雅の顔。初めて会ったときは、そのタイプが、ある意味総と似てるなと思った。怒ったときに笑顔を作るところ。どう見ても、菊池雅は、コイツの隣に立つ俺達を敵視していた。手を出すなと言わんばかりに。
「……あ、コイツ連れて行きますから」
弓親さんはすぐに頷いて踵を返した。その対応に、目に見えて安堵するすぐ隣の横顔。弓親さんの何が苦手なんだ。顔が怖いわけでもない、鬱陶しいほど世話を焼かれるわけでもない、他人との距離が近いわけでもない、そんな弓親さんの何が、と眉を顰めながら見下ろしている内に、また、確認させられた。
俺は、コイツのことを何も知らない。
「ほら行くぞ」
「はいはーい」
一瞬だけ覚えた既視感は、何かの間違いだ。
それなのに、目の前で階段を踏み外したその体を支えたとき。驚いたその目が真っ直ぐにこちらを見つめて来るときに、気が付いた。
『あの、大丈夫、ですか……?』
似てる。
「……どうかしたの?」
どうして気が付かなかった。髪型のせいか? 角度のせいか?
「どうもしねーよ」
一番最初に分からなくなったのは、声だった。総達に散々揶揄われてやまないそれの相手を、ずっと覚えているつもりだったのに、言葉を覚えているのに、声が思い出せない。だから、この声が同じなのかどうかまでは、分からない。
だから、気が付かなかったのだろうか。コイツが似てると。
再び足を踏み外したその体を抱き留める。もし、コイツが、あの子なら。
「……危ねーだろ」
「ごめんごめん」
違う。初めて下駄箱で会った時、なんとなく既視感を抱いたじゃないか。本当に、ほんの少しだけ、記憶に引っかかったじゃないか。
何で、それを、ずっと放っておいたのだろう。
鼻腔を擽るのはラベンダーの香り。桃の香じゃない。
無性に、イライラした。俺はコイツのことを何も知らない。コイツは俺に何も教えるつもりがない。
脳裏に過るのは、菊池雅の顔。初めて会ったときは、そのタイプが、ある意味総と似てるなと思った。怒ったときに笑顔を作るところ。どう見ても、菊池雅は、コイツの隣に立つ俺達を敵視していた。手を出すなと言わんばかりに。