第二幕、御三家の嘲笑
 文化祭前に桐椰くんが言っていた。喧嘩なのか何だったのかまでは知らないけれど、松隆くんと〝結構ヤバいことやらかした〟ときに透冶くんに怒られたのだと。そのことなんだろう。哀しそうだったけれど、どこか諦めたような顔をして、松隆くんは立ち去った。かけるべき言葉など一語すら思い浮かばず、暫くその場に立ち尽くしてから帰宅した。文化祭最終日は夜も遅くなったから桐椰くんが送ってくれたけれど、そうでなければ一人で帰る。恋人ごっこは終わったし、幸か不幸か、蝶乃さんのお陰でふりを続ける必要もなくなったから。

 その日以来、松隆くん達が牟田先輩達について何かを言うことはない。松隆くん達の目の届かない場所で、御三家が一部の元生徒会役員をシメたという噂が流れているのは聞いた。ついでに、牟田先輩は雨に打たれて風邪を引いたとかで学校を休んでいる。このまま転校するんじゃないかと誰かが考察しているのも聞いた。

 ほんの、一週間前の出来事。思い出しながらじっと松隆くんを見ていると「そういえば」なんて言いながら、鞄から何かを取り出して差し出す。二〇センチ程度の高さの、小さな黒い袋だ。


「これ、吉野から。少しは身だしなみを整えろだって」

「お化粧道具……」


 袋の中には白いポーチが入っていて、その中にはBCC最終日に使った化粧品の一部が入っていた。ファンデーションとチークとアイシャドウとリップグロス。他にも沢山持っていたけど、それは要らないのだろうか。


「手先不器用でアイラインは引けないだろうし、引けないと分かればしないだろうし、ビューラー使えば目蓋挟むだろうし、マスカラ塗ればパンダになるだろうし、とか思って厳選したらしいよ」

「ものすごく失礼な気遣いありがとうございますって伝えといて」


 的を射すぎて言い返せない。どうりで少ないわけだ。私の、文字通り目の前で素早く丁寧に動いていたよしりんさんの手の動きを私が真似できるとは到底思えない。げんなりと袋の中を見つめる私を桐椰くんは鼻で笑う。


「お前の顔、落差すげーもんな。BCC終わってもお前が話題にならないのも納得だ」

「そうだねー。桐椰くんが顔を真っ赤にしながら私を褒めてくれたのもBCCのときだけだったもんねー」


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