第二幕、御三家の嘲笑
 そして入れ違うように、桐椰くんが出て行ったばかりの扉から松隆くんが顔を覗かせる。その視線は私を探して一瞬彷徨い、私と目が合うと教室内に入って来た。


「桜坂、送るよ」

「それはいーんだけどさあ……」


 そんな返事をすると「俺が迎えに来てるのに、我儘だなあ」と鼻で笑われた。確かに、女子の嫉妬の目を掻き集めるのが常だというほど人気の松隆くんと一緒に帰るというのだから、さっきの私の台詞はすこぶる贅沢だ。でも松隆くんが本気で言ってるわけではないと知っているので、そこは華麗にスルーを決め込むことにする。


「桐椰くんが、なーんか最近私に冷たいんだけどさー」

「ああ、その話はとりあえず置いといて」


 それなのに、私は物理的にスルーされた。あれ、帰るのでは?なんて疑問を投じるまでもなく、女子の視線を集めながら女子の塊へとその足は進む。進行方向にいる女子が一斉に何かを期待するように松隆くんを見た。


「檜山」


 そしてその口が呼んだ名前に、ゲッ、なんて私の顔は引きつった。呼ばれた檜山さんはもちろん松隆くんの目の前にいる女子の塊にいて、期末試験の打ち上げでテンションを最高潮に上げた表情のまま止まっていたところだった。周りにいる舞浜さん達は、檜山さんだけに用なんて何事?と言わんばかりだ。

 でも、それがろくでもない用であると、私は知っている。私から見える松隆くんの横顔は、にこっ、なんて擬態語でも聞こえてきそうな胡散臭い完璧な笑顔を作った。


「二週間前のプールの授業で、桜坂を溺れさせたのは誰?」


 教室の空気が凍り付く。そしてそれ以上に、檜山さんの表情は先程とは別の状態で凍り付いた。


「え……?」

「誰だ、って訊いてるんだけど?」


 唖然とすることすら許さない松隆くんは笑顔のまま畳みかける。


「二週間何も言わないから何も知らないとでも思った? この俺達が、桜坂に何があったか把握してないわけがないだろ?」

「ちょっと……何のことか……」


 檜山さんの視線が一瞬舞浜さんを見た。その瞬間舞浜さんは視線を逸らす。舞浜さんだけじゃない、他にも数人の女子の視線が次々と泳いだ。松隆くんの目が素早く動いたところをみると、今の反応で犯人を――少なくとも舞浜さん達の所業を知っていた人を――把握してしまったらしい。ふ、とその唇が笑い直す。

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