第二幕、御三家の嘲笑
 ガァンッ――、と。衝撃音に女子が一斉に肩を震わせ、近くにあった机が足蹴にされてひっくり返った。なんだなんだと、廊下の外にいた生徒も教室内を覗き込む。

 そして、意図的かそれとも偶然か、その机は舞浜さんのものだった。誰がやったかは分かってるんだよと言うように。


「お前、三年の笛吹に嵌められたとき、いたよな?」


 今は昔、笛吹さん事件の話だ。


「その時、俺が何て言ったか、聞いてなかったのか?」

「え……っと……」

「桜坂に手を出すのは、俺達に手を出すのと同じだと思え。そう言ったよな?」


 手持無沙汰に、松隆くんの足は、ひっくり返った椅子で遊ぶ。今の檜山さんの状態を表すように、その不安定な椅子はぐらぐら揺らされる。


「大体、お前のことは文化祭でも見逃してやったんだ。いい加減、俺達に何されても文句は言えないよな?」

「ぶ、文化祭は! 私じゃなくて――……」

「へぇ、なるほど。お前じゃなくて?」


 仮にも友達を売る台詞を吐きかけた檜山さんが口を噤む。松隆くんの口角は、獲物を追い詰めた獣のように吊り上がる。


「その場にいたヤツは桜坂から名前を聞いてる。誰が主導したかまでは知らないから、そうだな、それも合わせて教えてくれよ」


 文化祭で私に睡眠薬を飲ませたのは、舞浜さん、大橋さん、檜山さんと、笛吹さん事件の加害者 (未遂)男子だった。どうせ舞浜さんが言い始めたんだろうってことは普段の三人の力関係を見てればなんとなく分かる。それでも松隆くんが檜山さんに訊いていることには、今回のプール事件で宍戸先生の口から出た名前が檜山だったというのとは別の理由がある、と思う。

 その檜山さんは、中々口を割ろうとしない。他の女子は、無関係を装って帰りたくて仕方がない様子なのに、松隆くんの纏う空気がそれを許していない。


「……いい加減にしろよ、俺も暇じゃないんだから。端的に答えろ」


 ただ、当の松隆くんだって尋問は面倒らしいのだ。胡散臭い笑顔はなくなり、呆れた目で大きな溜息を吐く。


「お前が宍戸の気を引いた隙に、桜坂の足を掴んで溺れさせたのは誰なんだ?」


 沈黙が流れる。ずっと視線を泳がせていた檜山さんの目は、緊張感に耐えられずに涙で潤んでいる。

< 62 / 438 >

この作品をシェア

pagetop