第二幕、御三家の嘲笑
 本当に、何事もなかったかのように、いつも通りの胡散臭い笑顔で。最悪の空気に変わった、いつしか啜り泣きが聞こえ始めた教室内を振り返らないように意識しながら廊下に出れば、野次馬のごとく集まっていた他クラスの生徒が少し散らばる。うわあ、と顔をしかめるけれど、松隆くんはやっぱり素知らぬ顔で歩き出す。


「……あのう、気になってたんですけど、舞浜さん達には何もせずに他の子に平等にすることで妬みを和らげるとかそういうことでは……」

「そうだけど、けじめは必要だからね。手を出せばどうなるかくらい見せておくべきだろ」


 ああ、松隆くんは本当に腹黒い……。しかもそれを厭わないというのだから、ある意味大物だ。


「ところで話は戻るけど、遼が冷たいって?」

「あ、うん」


 気になっていたとはいえ、あまりに平然と話を戻されると面食らってしまう。先程の松隆くんの行動のインパクトが強すぎて、平静を装うには少し意識して喋る必要があった。


「私に冷たいし、ご機嫌斜めなんだよ、ずっと」

「知ってる知ってる」


 松隆くんがいつも通りなのは、演技というよりも、本当に何でもないことだったからなのだろう。


「どーにかしなよ、幼馴染なんでしょ?」

「そうだよ、幼馴染だよ。俺はアイツの兄でも父親でもないし、甘い顔する必要なんてないかなーなんて」

「じゃあ何に怒ってるのかくらい教えてよ」

「秘密」


 松隆くんの唇は弧を描き、人差し指がそっと戸を立てる。顔の造形と男にしては綺麗な指が相俟って、その仕草は普通の女子ならうっとりするほど綺麗だ。実際、普通の女子たる私は思わず見惚れる。ただ、残念ながら私の理性は普通よりも強固だ。


「松隆くん、自分がカッコイイって分かっててやってるよね? 月影くんほどじゃなくても女タラシだよね」

「タラされていいよ?」

「計算尽くの男は好きじゃないもん」

「俺は計算尽くの女は嫌いじゃないのに、残念」

「騙されたいの?」

「俺が騙されるとでも?」

「じゃあ計算尽くの女と付き合うと腹の探り合いになっちゃうね」

「嫌味を言ってもレスポンスのない女と付き合うよりよっぽどマシだよ」


 性格か趣味か、どちらかが悪いようだ。ぜひ、御三家ファンクラブの松隆派女子に知ってもらいたい。


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