第二幕、御三家の嘲笑
「でも、好きな人、会いたくないんだよねぇ」
ただ、私は前提を欠いている。私は、もうあの人に会いたくないのだ。
「……なんで?」
桐椰くんは瞑目したままだ。ついでに、普段はぶっきらぼうな喋り方をベースに時々怒鳴ってみせるくせに、今日は穏やかだ。まるで松隆くんが乗り移ったみたいに。
「なんで? ……なんでだろ。会うと、好きが溢れちゃうからかな」
「……溢れちゃまずいことなのか、好きって」
「私は、溢れるとまずいかなぁ。私のために」
そのせいだろうか、私もどこか饒舌になってしまう。穏やかに促されると、ついつい、言葉がぽろぽろ零れてしまう。
「自分のため?」
「うん。私ね、忘れたいんだ、好きな人を好きだってこと」
「……なんで?」
「なんで? ……なんでだろ。好きでいても、仕方ないからかなぁ」
「仕方ないって、どういうこと? 好きに仕方ないもなにも、なくね」
「んん、あるんだよ。仕方ないこと。好きだけど付き合うには気が合わないとか、そういうのじゃなくて、仕方ないこと」
桐椰くんが少しだけ目を開けた。微睡むように、その瞳は揺れている。
「……誰なんだ、その好きな人」
「気になるの?」
「別にそうじゃないけど。仕方ないって言われたらどんな相手なのかなって思うのが普通だろ」
んー、そうか、普通かな。月影くんの好きな女の子とか言われたら気になるけれど、それは月影くんが女嫌いで通ってるからだ。誰でも彼でも気にするものじゃない、と私は思うけれど、桐椰くんは――普通は、違うのだろうか。首を捻りながら腕を組む。
「どんな相手、ねぇ……。それって何を聞いてるの? 出身地とか?」
惚けた返事をしたけれど、桐椰くんは怒らなかった。「そんなもの聞いてもわかんねーだろ」と相槌を打つだけだ。
「じゃ、何?」
「会った場所とか、きっかけとか」
「……きっかけはね、運命みたいだったよ」
零れるような呟きに、桐椰くんは少しだけ馬鹿にしたように鼻で笑った。
「お前の口から〝運命〟なんて単語、出てくるとは思わなかった」
「私だって女の子だからね。ロマンチックな言葉を遣いたがることはあるよ」
「だからお前は、そういうの計算してやる女だろ」