第二幕、御三家の嘲笑
 その言葉には少しだけ目を見張る。桐椰くんは、私の計算を未だ見抜ききれないままなのだと ばかり思っていた。でも、そっか、二ヶ月で見抜けるようになってしまったのか。


「……そうだね」

「そうだろ」

「……でもね、運命みたいだと思ったんだ」


 不意に、泣きたくなった。

 ずっとずっと、目蓋の裏から剥がれない光景がある。あの光景を、忘れてしまいたい。それなのに――忘れたくないことは忘れてしまうのに――ちっとも忘れられない。

 脳がフィルムで出来ていたら、焼いて灰塵(かいじん)にすれば済むのに。


「……何で過去形なんだ?」


 今日の桐椰くんは妙に鋭い。喋っている私だって過去形だなんて気付いてなかった。


「……運命じゃないって気付いちゃったから」

「ドラマチックな出会いしたと思った次の瞬間には冷めたか?」

「ううん。これを運命だなんて思いたくないって思ったの」

「なんだそりゃ。一目惚れしたはいいけど中身はとんでもないクズだったか?」

「あはは、一目惚れは桐椰くんの初恋の話でしょ」


 桐椰くんは閉口した。正直だなぁ。ついでに丁度良く話題を切り替えられそうだ。


「ねぇ、桐椰くんは未だ初恋の人に会えないの?」

「うるせーな、関係ないだろ」

「だって気になるのが普通なんでしょ?」


 桐椰くんはまた閉口する。本当に正直なんだから。松隆くんならこうはいかない。


「どんな人だったの?」

「……さぁ」

「覚えてないの?」

「……あんま見えなかったから」

「それこそどうやって出会ったの?」


 松隆くんの話では街中でちょっと見かけただけの一目惚れだったっけ……。この桐椰くんがそんなことで好きになるのかなぁ。


「……別に」

「あー、人には訊く癖に教えてくれないんだ。教えてくれたっていーじゃーん」

「お前だって教えてないだろ」

「んー、確かにそっか」


 ソファの背もたれに頭を預ける。仰け反った首が痛かった。強く目を瞑る。じんわりと白い靄が滲んでくる。

 そうすれば、今だってすぐにあの人の顔が浮かぶ。

『俺の大事な亜季』

「……仕方ないことってあるんだよ、桐椰くん」


 仕方のないこと。あの人が迎えに来てくれたこと。あの人を好きになったこと。あの人と、一緒にいることはできないこと。全部全部、仕方のないことだ。
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