第二幕、御三家の嘲笑


「……何が仕方ないんだよ」

「全部」

「……俺だって、あの程度でもう一回会えるわけねーと思ってるし、会えないのも仕方ないって思ってるよ」

「それでも、桐椰くんもずっと好きなの?」

「そうだよ。ずっと好きだよ」


 そんな台詞を言われたら、普段ならすぐに揶揄ってあげるのに、穏やかな声はそれを赦してくれなかった。

 でも、そっか。桐椰くんも、ずっと好きなのか。何があったのかは知らないけれど、初恋の人のことをずっと好きで、忘れられないのか。


「お前も、そうだろ」

「……うん。そうだと思う」


 忘れたいことほど、忘れられない。そうだというのなら、いつか忘れなくてもいいと思えるようになったら、忘れられるのだろうか。


「好きでいたら、辛いだけなのにね」


 そう呟いて、気が付いた。あぁ、そうか。本当は、忘れたくないんだ。あの人がくれた全てが私を哀しませても、与えられた瞬間にどれだけ幸せだったかを知ってるから。忘れてしまうことは、あの人との思い出を否定してしまうことだから。否定したいけど、否定したくないから。

 ぼろぼろと、涙が零れる。ぐすぐすと涙を拭う。隣の桐椰くんは無言だ。きっと、桐椰くんが誰かを好きだというのなら、その想いの重さは果てないのだと思う。だから、泣いてしまうほど誰かが好きだということの痛さを分かってくれると、思う。


「……ねぇ桐椰くん」

「なんだよ」


 掌で目蓋を押さえる。止め処なく流れる涙が頬を伝い、手首を伝う。口を開けば、感情を吐き出すそこに、感情が流れ込む。


「寂しい」



 ――……目蓋を、持ち上げた。さらりと、目尻から顔の側面を伝って涙が零れ落ちた。眼前にはぼやけた天井をバックにした桐椰くんの顔があって、一瞬で狼狽した表情に変わった。


「お……、おい、どうした……?」

「……桐椰くん」


 のろのろと起き上がろうとすると、桐椰くんが慌てて顔をひっこめた。目蓋の上から掌で涙を押さえる。

 第六西のソファで、寝てしまっていたらしい。

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