第二幕、御三家の嘲笑
 あぁ、幾分乱暴な口調だ。聞き慣れた桐椰くんの声だ。私の頓狂な質問で、私の涙なんてなんでもなかったんだと思い込めるようになって、安心して普段の声音に戻ったんだろう。


「んー、夢、見てたから」

「七夕の?」

「うん。月影くんが、お父さんを超える医者になるって言ってて、松隆くんが健康祈願してた」

「妙にリアリティある夢だな」

「桐椰くんのを見ようと思ったら、夢の中の桐椰くんに邪魔されて見れなかったんだー」


 だから現実の桐椰くん、教えてよ、と促すけれど、桐椰くんは無視してソファのもとを去る。その隙によいしょよいしょと座り直して、紺色のパーカーを広げる。桐椰くんが着てるとなんとも思わないけれど、私にとっては随分大きなサイズだ。肩にかけるとすっぽり太腿あたりまで隠れてしまう。香りはやっぱり柑橘系だから、桐椰くんはどうやらあらゆる匂いを柑橘系で統一しているようだ。


「あ」


 そのパーカーが、ひょいと上から奪われる。一瞬肌寒さが戻って来て、代わりにグラスが降りて来た。多分中身はオレンジジュースだ。


「飲めよ。お前声酷いぞ」

「えー、女の子になんでそんな酷い言い方するのー」

「うるせぇ」

「でもありがたくいただくね」


 ぐびぐびとオレンジジュースを流し込めば、確かに喉が潤った。背後の桐椰くんがパーカーを畳んでいる気配がする。


「桐椰くん、どーしたの?」

「どーしたって何だよ」

「最近めっきり第六西に来なくなってたから。久しぶりじゃん」

「テスト中に来るわけねーだろ」

「桐椰くんってヤンキーのくせに真面目だよね」


 何も答えずに桐椰くんは隣に座った。夢の中でも桐椰くんは隣に座ってた……と思う。ただ、その横顔は、今みたいな仏頂面じゃなかった。


「……何の夢見てたんだ」

「さっき話したじゃん。七夕の願い事、何にしようかなーって夢」


 桐椰くんは、その説明に納得の色を示してくれない。


「……泣いてたのに?」

「んー、みたいだね。でも、なんで泣いてたのか覚えてないの」


 グラスをテーブルに置いて、代わりに眼鏡を掛ける。はっきりと見えるようになった桐椰くんは、頬杖をついて顔を背けていた。寝起きの体は怠くて、私も肘掛に凭れる。


「何でだったかなー。桐椰くんと話してたことは覚えてるんだけど」

「……俺と?」

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