第二幕、御三家の嘲笑
「そうだよ。何でそんな不思議そうに言うの。私の夢に桐椰くんが出て来ても何もおかしくないじゃん」

「そうじゃなくて……」


 どうしてか、桐椰くんは言い淀んだ。お陰で、頭を肘掛に預けたまま首を傾げてしまう。どういうことだろう。


「なに?」

「……名前呼んでた」

「え? 誰の?」

「……タクミ」


 息を呑んだ私の表情が、その名前の意味を雄弁に語ってしまったのか、桐椰くんは下手な作り笑いをした。


「やっぱり、お前、幕張匠と関係あんだろ」


 その笑みには既視感があった。当然だ。前回その表情を見たのは、私は幕張匠の彼女だったんじゃないかと問いただされたときだから。信頼していた私に裏切られたような感覚を抱いて、どうしようもなく笑いだしてしまったような表情。今も同じ。


「……やっぱり、って。私は、幕張匠の彼女だったことはないって言っただけだよ」


 でも、どうしようもないのは、私だけだ。

 泣いてた理由が分かった。その〝タクミ〟がどの〝タクミ〟のことを言ってるのか分からないけれど、誰であっても、私を泣かせるにはきっと十分だ。ただ、何でその名前をこんなところで口にしてしまったんだろう。

 首を(もた)げて、眼鏡を外す。テーブルに置くと、カシャン、と冷たい音がした。桐椰くんには、下手な嘘じゃあ誤魔化しようがないだろう。


「……じゃあなんだよ。菊池雅と付き合ってたけど、好きなのは幕張匠だったとでもいうのかよ」


 ゆっくりと目を向けた先の桐椰くんは、しょんぼりしていた。いつもの不機嫌そうな仏頂面なのに、どこか捨て犬みたいにしょんぼりしていた。きっと、私の嘘を知って、しょんぼりしてるんだ。桐椰くんは、そういう優しい人だ。

 本当に、なんで桐椰くんは、こんなにひねくれずに育っちゃったのかな。


「……そうだよ。今でも夢に見るくらい、大事な人なの」


 嘘一つ吐くにも、罪悪感が芽生えて仕方がない。





 球技大会を次の日に控えた放課後、一八時半の第六西に行くと、松隆くんと桐椰くんがソファに座ってテレビを見ていた。


「総、お前何に出るんだっけ?」

「テニス。遼は?」

「バスケ。道具使った球技苦手なんだよ。駿哉は?」

「サボるの一点張りだけど、まぁ出るんだろうな。授業時間使った行事だし」


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