第二幕、御三家の嘲笑
 でも内容は見てないのか、その口がずっと動いている。「鹿島がテニス出るらしいよ。去年インハイ出てるんだってさ」「お前そんなにテニスできたっけ」「できない。適当にやって負けることになりそうだから残念かな」「とか言いつつサボりたいんだろ」と、入って来た私を無視して。

 会話に入ることはできそうになかったので、冷房の空気で涼みながら荷物を机に置く。そもそも、私が第六西に来たのは松隆くんが「送るから練習終わったら第六西集合で」って言ったからなのに。頬を膨らませたままその後頭部に念を送っていると、首が最小限の角度まで動いた。


「やぁ、桜坂。お疲れ」

「……ども。松隆くんもテニスなんだね」

「うん。桜坂は経験者?」

「ううん、体育でやったことあるくらい。本当はバレーが良かったけど、じゃんけんで負けたから」

「じゃあ仲良く早々に敗退しようか」

「言いつつ、松隆くんはどーせ勝ち進みそう」


 どうせこの完璧な王子様はそんなところまで完璧なんだ。溜息交じりにそう言えば、「いや、さすがの俺でもテニスは趣味程度だし」と自慢してるのか謙遜してるのかよく分からない返事が来た。

 そこで一度会話が途切れて、私の喉はごくんと鳴る。


「……桐椰くんは、バスケ得意なの?」

「普通じゃね。球技は、まぁ道具使わなけりゃそこそこできるし」

「ふーん」


 ――桐椰くんの返事は、普通だった。

 二日前、私の好きな人は幕張匠なんだと勘違いした桐椰くんは、やるせないような表情で、「あ、そ」とだけ応えた。そのまま帰ってしまうかと思ったけれど、理性を振り絞ってくれたんだろう、「総呼び出すのも悪いし、送る」と家の前まで送ってくれた。でも、帰り道は終始無言だった。空気は鉛のように重くて、冷たいわけじゃなかったけど余所余所しかった。

 そして昨日と今日、桐椰くんは朝会うと「よお」とだけ声をかけ、無視はしない。話しかければ返事もする。私を避けようとはしない。不機嫌なわけじゃない。普通だ。今の私と桐椰くんは、ただのクラスメイトの男女だ。


「桜坂、帰るなら送るけど?」

「ん? んー、松隆くんに合わせるけど……」

「俺は気にしなくていいぞ、別に」


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