第二幕、御三家の嘲笑
「……松隆くん?」

「桜坂、裏門から帰ろうか」

「え?」

「面倒なヤツを見つけた」


 問答無用で腕を掴まれて回れ右させられる。なんだなんだと校門あたりに目を凝らすと――門の柱の隣に金髪と学ランのズボンが見えた。雅だ。あ、なんて声を上げる前に、雅が敷地内の様子を窺うべく振り返り、「あ!」と叫んでやって来た。チッ、と松隆くんが舌打ちする。松隆くんの舌打ちだ。貴重だ。松隆くんを王子様のように崇めている女子に聞かせてはいけない。


「亜季!」

「……何か用?」

「お前じゃねーよ松隆!」


 仕方なく立ち止まった松隆くんは振り向きざまいきなり喧嘩腰だ。今日も今日とて三十度を超える暑さなのに、雅は変わらずマスクをしている。中学生のときからずっとそうだ。雅は、不愉快モードの松隆くんと一瞬火花を散らす。


「俺は亜季に用事があるの」

「分かった。じゃあ今ここで言え」

「何で御三家のお坊ちゃんに言わなきゃいけないのかな?」

「俺に聞かれて困る話を桜坂とするな」

「へぇ、笑っちゃうね。俺ほど親密じゃない御三家との間に、俺には言えない秘密があるって?」

「だから言ってるだろ。お前が桜坂の何かは知ったことじゃないけど、少なくとも過去の男でしかないって」

「……言うねぇ」


 ふん、と雅が鼻で笑うのが目だけで分かった。顔を合わせただけでなんでこんな小さな(いさか)いが起きてるんだと首を傾げて見せる私を、その目が見降ろして、少しだけ細くなった。


「じゃあここで言うよ。亜季、土曜日にデートしよう」

「え?」

「はぁ?」


 私よりも更に怪訝な声を発したのは松隆くんだ。今日の松隆くんはどうにもこうにもアグレッシブだ。いや……、今日というよりも雅を前にしてるせいかな。松隆くんの顔は見たことないくらい不愉快気に歪んでいる。


「何で?」

「だから、御三家の坊ちゃんが口出さないでくれない? お前が目の前で話せって言うんだから目の前で話してるんだよ」


 揚げ足をとられたように松隆くんのこめかみに青筋が浮かぶ。さすが雅、怖いもの知らずだ。


「ねぇ雅……、なんで急に?」

「夏休み最初のデートは俺が貰いたいじゃん」


 じゃん、って言われても……。ちらと松隆くんを目だけで見上げると、馬鹿の会話は不愉快だと言わんばかりにその口元が引きつっていた。

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