第二幕、御三家の嘲笑
「じゃあなーに?」

「渡し忘れてたから」


 ひょい、と掌に落とされたのは鍵だ。御三家と鍵が結びつくものといえば一つしかない、そして私が持っていないのは第六校舎の入口の鍵。鍵と松隆くんの顔を交互に見る。今度はその口角が得意げにつり上がった。


「ようこそ、御三家へ」


 ――どうやら、松隆くんは笑顔が輝けば輝くほど胡散臭く、ちょっとクスッと笑うくらいが本心の見えどころらしい。居場所が形になって与えられ、つい一週間前にも感じた緊張が心臓を高鳴らせた。


「……ありがとう! 失くさないように気を付けるね!」

「失くしたら縄で縛って蝶乃と笛吹の前に突き出すからね」

「怖いよ! やめてよその脅し!」


  私が失くすと思っているのか、その鍵には鎖がついていて、どこかへ引っ掛けさえすれば鍵ごと失くさない限り落とすことはなさそうだった。取り敢えず常に携帯しているミニポーチへ、既にあるアジト本部の鍵にくっつけてスマホと一緒に入れる。


「自由に出入りしていいよ。ただ、校舎の入口は必ず内側から鍵をかけて、教室も俺達がいないときは施錠してね」

「了解です、リーダー」


 ビシッと敬礼をする。松隆くん達がいないときは施錠してくれというのは、誰かが入ってきたときに私では対処できないと考えているからだろう。

 若しくは、桐椰くんがいるから敢えて口にしてくれたのか。

 松隆くんは私が――幕張匠本人だとは気付いてないけれど――多少喧嘩の心得がある程度には思っている。桐椰くんはそれを知らない。だからこそ、建前としてそう言ってくれたのだとしたら、相変わらず唖然とするほどの頭の回転と誠実さだ。伊達にこの御三家のリーダーを名乗ってない。

 俺も帰ることは帰るから、と松隆くんは桐椰くんと喋りながら歩き出すから、その後に続く。一人で考える時間ができて、脳裏に過るのは、鹿島くんの台詞だ。

『幕張匠である君を、御三家の姫に仕立て上げるためだ』

 あの日以来、鹿島くんに会うことはできていない。もちろん会いに行くのは簡単なのだけれど、わざわざ鹿島くんに会いに行ったと松隆くん達に知れれば (目ざとい御三家が気付かないわけもないし)、一体何の話をしたのか絶対に訊かれる。そうなったときの上手い言い訳は思いつかない。そんな危険を侵したところで、鹿島くんが素直に答えてくれるかも分からない。
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