獣紋の聖女
 王都は夜明けを迎えていた。
 朝焼けの中、一羽の雀がとある場所へ向けて一目散に飛び立っていく。

「……おう、ブラントか。どうしたんだ、こんなに朝早く」

 その日、宰相の息子であるゼンメルは、珍しく自宅へ帰っていた。
 自室のベッドの中で目をこするが、見覚えのある雀が窓に現れてしまっては、動かないわけにはいかない。
 ブラントには他の斥候とは違う調査を頼んでいたはずだ。たしか、アカデミーで会った怪しい娘に付けたのが最初で、それ以降は報告を待つ日々が続いていた。

「何があった?」
 青碧(せいへき)色の髪をかきあげながら、窓を開ける。
 当然、今は報告の時間ではないので、なにかしら事件が起きたのだろう。
 ブラントと呼ばれた雀は、所定の場所まで移動する。そこで待つこと数秒、ゼンメルの持ってきたポーションの液体が頭上に降り注ぎ、元の人間の姿へと戻される。渡された布を身体に巻き、跪いた。

「二点、お知らせすることがございます。まず、自分が見張っていた娘の正体が、コルオーネ・ルヴァン男爵令嬢とわかりました。ふだんはウィッグで変装をし、名を偽っているようです」
「……ほう」
 聞いた名だとゼンメルは少し前の記憶を拾う。
 なぜ変装をし偽名を使っているのだろうという疑問をよそに、ひとまず報告を促した。するとブラントの眉間が寄った。
「先ほど、その聖女が毒を受けました。タガメ獣の毒なので薬の確保が難しいかと」
「経緯は」
「はい。コルオーネ嬢は騎士団の兄を通じてネイジアの獣サロンへ赴き、獣人たちの治療をしておりました。今回は外部からの依頼で、王都にいるタガメ獣人を治療する際に起きたアクシデントと思われます」
「故意ではないのか? いや、調べるからそこはいい。危険性は」
「令嬢の体力でしたら、もって一日でしょう。傍に兄がついているようですが、薬師程度の治療では難しいと推察します」

 ゼンメルは即座に着ている寝着を脱ぎ捨てた。

「――王宮へ行く。お前は聖女のいる場所まで案内できるよう馬の準備を。それから令嬢の兄を拘束し、俺が行くまで待たせておけ」
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