獣紋の聖女
20ー4
「おやおや、どういう状況だよ。お前なぁ、さんざん探したんだぞ」
「見ての通りだよ、彼女が危なかったんだ」
「なるほど――わかんねぇよ。説明省きすぎだろ」
あの後、歩き続けていたら警備の騎士と遭遇し、ようやく私たちは城内へ戻ることができた。
入るやいなや、ゼンメルさまの部下がやってきて、ホールには帰らずに控えの間へ誘導される。首尾よく部屋に入ったところで、そんなやりとりを二人がはじめた。
「申し訳ございません、ゼンメルさま。私があの場を離れたせいで」
心から謝罪する。その際に、ゼンメルさまと目が合ってしまって、恥ずかしさに顔を下へ向けた。
今の私は灯りのもとで見るのはあまりにも酷い姿だ。髪はほつれてウィッグも台無し。ドレスは破れてはいないもののあちこちに泥が付いている。足の裏は酷いことになってるし、頬には、逃げる際に葉で切った痛みがある――おそらく傷がついていることだろう。
「いや、俺が一人にしてしまったのが悪いんだ。それより、」
近づいてきたゼンメルさまが、そっと私の頬を触る。
「切ったのか……かわいそうに。せっかくの可愛い顔がもったいないな」
まるで自分が傷を受けたように、渋い表情だ。
「治る?」
頭上からレイフェさまが問いかける。
「ま、お前のアレを使えば一発で治るだろうよ。でもな、コルルちゃんが受けた心の傷を考えるとだな……薬なんか意味ないな。よし、俺が責任もって慰めてやる。渡せ」
そう言って、両手を伸ばす。
「……ゼンメル、今、コルルちゃんって呼んだ? 説明してくれないかな」
反対にレイフェさまは、体を斜めに向けゼンメルさまの手を避ける格好になった。
お二人とも笑顔なのに、なんだろう、変な緊張感のある雰囲気になりつつある。
そして私は、なぜ、とうに室内に入っているのに抱き上げられたままなのだろう。
「そう、愛称まで可愛いんだ、コルルちゃんは。俺のことだって『ゼンメルさま』って名前で呼んでくれるし、コルルちゃんの兄とも懇意な仲だしな。どうだ、うらやましいだろう」
「あの……?」
いつ、ゼンメルさまとお兄さまが懇意になったのだろう。それよりも、レイフェさまの腕の力がますます増して、少し息苦しいくらいだ。
「……君、先日と言ってることが違うようだけど?」
「し――らんなぁ。自分の未来がかかってんのに、正直に言うわけないだろ。隙を見せるほうが悪いんだよバァカ」
不穏すぎる。まちがいなく二人とも笑い合ってるのに、空気が痛い。
はらはらしながら見守っていると、それ以降の会話が止んだ。ゼンメルさまは両手を引っ込める気配がないし、レイフェさまの腕もますます――。
「く、苦しいです、レイフェさま」
とうとう耐えられなくなって、服をつかんで訴える。すると、ぱっとレイフェさまの表情が変わった。
「あ、ごめん!……て、あれ? 『レイフェ』って……そういえば、どうして名前――」
ハッとした。
ガーデンでもつい、そう呼びかけてしまった気がする。
正式な挨拶もまだなのに、こちらから名前で呼ぶなんて失礼なことだったかもしれない。
仕方なく、アカデミーの寮で偶然お二人の姿を見たことと、その会話の中で名を呼び合うのを聞いてしまったことなどを伝えた。
(ほんとうは、レイフェさまをよく見たくて近づいたのだけど――)
なんて、本人を前にして言えるはずもない。
じっと黙ってると、さっきまでの不穏な空気はどこへやら、お日様でものぼったようにレイフェさまの顔が明るくなった。
「そっか。いいよ、そう呼んでくれて。じゃあ、こちらも愛称で呼んでいいかな」
「はい」
にこにこと笑い、レイフェさまは部屋の中央へ歩き出す。そこには金で縁取られた薔薇模様のソファがあり、そこへ私を抱いたまま腰かけた。
ん? と違和感が生じる。そこへゼンメルさまの的確な物言いが飛んだ。
「……で、お前はいつまでくっついてるつもりだよ。とりあえず膝から降ろせ。ひとり用のソファにコルルちゃんを座らせろ。話はそれからだ」
どうやら今までの会話は、メインではなかったらしい。
私の足は、ようやく地についたのだった。
「見ての通りだよ、彼女が危なかったんだ」
「なるほど――わかんねぇよ。説明省きすぎだろ」
あの後、歩き続けていたら警備の騎士と遭遇し、ようやく私たちは城内へ戻ることができた。
入るやいなや、ゼンメルさまの部下がやってきて、ホールには帰らずに控えの間へ誘導される。首尾よく部屋に入ったところで、そんなやりとりを二人がはじめた。
「申し訳ございません、ゼンメルさま。私があの場を離れたせいで」
心から謝罪する。その際に、ゼンメルさまと目が合ってしまって、恥ずかしさに顔を下へ向けた。
今の私は灯りのもとで見るのはあまりにも酷い姿だ。髪はほつれてウィッグも台無し。ドレスは破れてはいないもののあちこちに泥が付いている。足の裏は酷いことになってるし、頬には、逃げる際に葉で切った痛みがある――おそらく傷がついていることだろう。
「いや、俺が一人にしてしまったのが悪いんだ。それより、」
近づいてきたゼンメルさまが、そっと私の頬を触る。
「切ったのか……かわいそうに。せっかくの可愛い顔がもったいないな」
まるで自分が傷を受けたように、渋い表情だ。
「治る?」
頭上からレイフェさまが問いかける。
「ま、お前のアレを使えば一発で治るだろうよ。でもな、コルルちゃんが受けた心の傷を考えるとだな……薬なんか意味ないな。よし、俺が責任もって慰めてやる。渡せ」
そう言って、両手を伸ばす。
「……ゼンメル、今、コルルちゃんって呼んだ? 説明してくれないかな」
反対にレイフェさまは、体を斜めに向けゼンメルさまの手を避ける格好になった。
お二人とも笑顔なのに、なんだろう、変な緊張感のある雰囲気になりつつある。
そして私は、なぜ、とうに室内に入っているのに抱き上げられたままなのだろう。
「そう、愛称まで可愛いんだ、コルルちゃんは。俺のことだって『ゼンメルさま』って名前で呼んでくれるし、コルルちゃんの兄とも懇意な仲だしな。どうだ、うらやましいだろう」
「あの……?」
いつ、ゼンメルさまとお兄さまが懇意になったのだろう。それよりも、レイフェさまの腕の力がますます増して、少し息苦しいくらいだ。
「……君、先日と言ってることが違うようだけど?」
「し――らんなぁ。自分の未来がかかってんのに、正直に言うわけないだろ。隙を見せるほうが悪いんだよバァカ」
不穏すぎる。まちがいなく二人とも笑い合ってるのに、空気が痛い。
はらはらしながら見守っていると、それ以降の会話が止んだ。ゼンメルさまは両手を引っ込める気配がないし、レイフェさまの腕もますます――。
「く、苦しいです、レイフェさま」
とうとう耐えられなくなって、服をつかんで訴える。すると、ぱっとレイフェさまの表情が変わった。
「あ、ごめん!……て、あれ? 『レイフェ』って……そういえば、どうして名前――」
ハッとした。
ガーデンでもつい、そう呼びかけてしまった気がする。
正式な挨拶もまだなのに、こちらから名前で呼ぶなんて失礼なことだったかもしれない。
仕方なく、アカデミーの寮で偶然お二人の姿を見たことと、その会話の中で名を呼び合うのを聞いてしまったことなどを伝えた。
(ほんとうは、レイフェさまをよく見たくて近づいたのだけど――)
なんて、本人を前にして言えるはずもない。
じっと黙ってると、さっきまでの不穏な空気はどこへやら、お日様でものぼったようにレイフェさまの顔が明るくなった。
「そっか。いいよ、そう呼んでくれて。じゃあ、こちらも愛称で呼んでいいかな」
「はい」
にこにこと笑い、レイフェさまは部屋の中央へ歩き出す。そこには金で縁取られた薔薇模様のソファがあり、そこへ私を抱いたまま腰かけた。
ん? と違和感が生じる。そこへゼンメルさまの的確な物言いが飛んだ。
「……で、お前はいつまでくっついてるつもりだよ。とりあえず膝から降ろせ。ひとり用のソファにコルルちゃんを座らせろ。話はそれからだ」
どうやら今までの会話は、メインではなかったらしい。
私の足は、ようやく地についたのだった。