獣紋の聖女
 それから私は日暮らし、もふもふを楽しんだ。
 王宮のパティオに通じる客間は、これまで過ごしたどの部屋よりも魅力的で、飽きない。
 最初は遠慮がちだった動物たちも、日々を一緒に過ごせば慣れてくれるようになる。ネイジアへ手紙を届けに飛んでくれたキューちゃんはまだ戻ってこないけれど、私の周囲はかなりにぎやかになった。

 レイフェさまたちは仕事が忙しいようで、毎日会うことはなかった。けれど、たまに姿を見せてくれるときは、一緒に散歩したり、木陰でピクニック風の食事をとったり、おしゃべりに花を咲かせた。もちろん、まわりの動物たちも一緒に。

 ふしぎなことに、動物たちはレイフェさまを主と決めているかのようで、彼がいるときは自然に集まってくるし、ケンカもしない。
 私も動物たちとは仲良くなれるほうだと思ってたけれど、とうてい彼には叶わないことを知った。きっとレイフェさまには天性の何かがあるのだと思う。

 そんなこんなで、七日ほど過ごしたあたりだろうか。
 ある日からぱったりと、レイフェさまもゼンメルさまも姿を見せなくなった。
 きっとお忙しいのだろう、と思いつつ、少々のさみしさを感じるようになってしまった。
 

 外は朝から雨が降っていた。
 空模様は濃いグレーで、稲妻でも落ちそうな勢い。もちろんパティオには出られずにいる状況だ。
 そこへ突然、コンコンと窓ガラスを叩く音が鳴る。
 穏やかならぬ音量に外を見ると、キューちゃんの姿が見えた。

 なぜか、嫌な予感がした。
 窓を開け、キューちゃんの足に紐でくくりつけられた手紙を解く。中を見れば、なんとお兄さまからだった。
 お兄さまは今、ゼンメルさまのもとで働いているはずだ。だとすると、ネイジアのサロンで急患が出たわけじゃない。一体何が起きたのだろうと読むと、衝撃的な内容が書かれていた。
 
『騎士ナヴァール。ネイジア湖の近辺で両足負傷。王都の中央施療院に搬送』

「え……」

 何かの間違いかと二度見してしまう。けれど、この内容が虚偽のものならばキューちゃんが持ってくるはずがない。
 それによくよく見ると、お兄さまの筆跡ではない。端にネイジアの獣サロンの印章が押されているということは、サロンにいる誰かが代筆したのだろう。
 その下を読む。すると今度はお兄さまの口調をそのまま移したかのように、文字が綴ってあった。

『コルルすまない。今、ネイジアでは獣人たちの暴動が起きている。その中に団長らしき熊がいたので止めようとしたんだが、しくじった。両足の傷が深いため、俺はおそらく騎士をやめることになるだろう。両親に伝えてくれ。あと、アルルのことだが――』

 サァっと血の気が引いた。お兄さまが怪我を負ったということだけでもショックなのに、騎士をやめるって、今どんな状態なのだろう。命に別状はないのだろうか。それにアルル――。

『アルルはアカデミーにいないようだ。寮にも帰ってないらしく連絡もつかない。何か事件に巻き込まれてるかもしれない。アルルを頼む』

「……うそ」
 嘘であればどんなにいいか。でもお兄さまがこんな冗談を言うはずがない。
 にわかに胸の動悸が激しくなった。

 緊急事態だ。
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