獣紋の聖女

23 過去の鎖

「申し訳ございません、コルオーネさま。レイフェさまもゼンメルさまも、連絡がつかないようでして……」

 侍女さんに確認をとる。
 所在がわかればありがたかったのだけど、お二人も忙しいのだから仕方がない。
 私は急いで外出着に着替え、肩に乗ったキューちゃんと一緒に王宮を飛び出す。
 途中、侍女さんに止められたけれど、「ごめんなさい!」と言いつつ、走って出てきてしまった。

 王宮の門までは広い。でも民間に解放されている区画からなら容易に外へ出られる。先日さんざん歩き回ったから、城内の通路も把握済みだ。そのおかげで、比較的早く街中へ行くことができた。

「すみません、中央施療院はどちらですか」
 道行く人に尋ね、お兄さまのいる場所を目指す。同じ北地区にあるとのことで、循環馬車の停留所を探すより走ったほうが早そうだった。
 息が切れる。街中まで出たあとで気づいたのだけれど、王宮にウィッグを忘れてきてしまった。
 獣紋手袋は――と手元を見ると、よかった。ちゃんと着けてきている。万が一の場合でも大きなパニックになることはないだろう、と思った矢先だった。

「あ……!?」

 目を疑う。今、大通りの向こう側を横切った少女が、アルルに見えたのだ。まさか、こんなところで会うはずがない、とは思いつつ見れば見るほどアルルに似ていてとても他人とは思えない。
 今、見失ったらもう探せない――。そう考えて、ひとまず追いかける。
 名は呼ばなかった。声をかけたら逃げられてしまうかもしれないから。
 夜会の夜でアルルが言った「余計なことをしないで」のひと言が頭をよぎる。結局、無言で街中を追いかけ、見覚えのある街路へ入り込んだ。

「えっ」
 角を曲がったとき、信じられない光景が目に飛び込んだ。
 アルルが複数の男たちに拘束され、馬車内へと連れ込まれている。
 なにやら叫んだ様子だったけれど、それもすぐに封じられ、まるで荷物のように馬車の中へ放り込まれた。
(アルルだ……あの声はアルルだわ!)
 確信をもって、今度は馬車を追いかける。
 あの子は、ただ急いでいたんじゃない。おそらく何者かに追われていたんだ。

 けんめいに走るものの、距離はどんどん離されていった。人の足では速度に限界がある。見失いそうだと思い、キューちゃんに追跡をお願いしようとしたところで、例の馬車が失速した。
 目的地に着いたのだろうか。人をさらっておいて、堂々とこんな街中に潜伏するとは思えないけど――。
「ここ、もしかして」
 周囲を見回すと、景色に見覚えがあった。
(ここ……お兄さまと最初に来た獣サロン?)
 間違いない。コスタさんが牛になってしまって、騎士団の方々と一緒にやってきたサロンだ。
 入口にはバーソラン商会のロゴ看板が掲げられている。今日はまだサロンは開いてない時分だけど、相変わらず獣化した人々が列をなしている。
 馬車はここへ入っていったはずだ。
 どこにも見当たらないと思って目を凝らすと、サロンの建物の奥にあった鉄格子の扉が開いているのに気がついた。たしか、以前に来たときは、ここは閉まっていた。となると――……。

(きっと、あの中だわ)
 息を殺してそろそろと鉄格子の向こうへと抜ける。
 するとサロンよりも大きく、均等に窓が付いた地味な建物があった。
 人気はない。見張りもいないようだけど、サロン側と違ってやけに静かなのが気にかかる。
(ここは獣化した人を静養させておく場所だと思っていたけれど……)
 一階部分の窓は曇りガラスになっているうえ、どこにも鉄格子がはまっている。まるで何かを収容するために作ったような。巨大な牢のような印象を受けた。

「……離しなさいよっ」
 建物の奥からアルルの声が聞こえた。見える位置まで走ると、建物の玄関口の前でアルルが馬車から引きずり出されていた。さっきは遠すぎて良く見えなかったけれど、抵抗したときに殴られたのか、アルルの顔には大きな痣や切り傷がある。

「……アルル!」
 足を踏み出しそうになって留まる。今、私が行ってどうなるというのだろう。軽くあしらわれて終わりだ。肩に乗ってるキューちゃんに助けを呼んでもらったほうがいい、と判断したときだった。
「え……っ!?」
 突然、背後からぐいっと手首をつかまれ、絡めとられる。逆方向に肘が曲げられ、痛みで体が動かなくなった。
 キューちゃんの悲鳴と羽音が聞こえる。次の瞬間には、目の端に、まるでゴミのように地面に捨てられるキューちゃんの姿が見えた。
「キューちゃ……」
 そこで口をふさがれた。
「騒ぐな」
 その声に、一気に体が固まる。悲鳴をあげたくても恐怖で声が出ない。なぜなら――。
 この世でいちばん聞きたくない人の声を聞いてしまったからだ。

(トレミー……!)

 なぜ、ここで。
 運なのか、それとも身から出た錆なのか、どちらにしても最悪のタイミングだった。
 トレミーは私の手首をひねりあげ、獣紋手袋を強引に抜く。その上で、私の顔を向けさせ自らじっと瞳を合わせた。

「あ……っ」

 ――トランスインプレッションの光が放たれる。

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