獣紋の聖女

24-2

 ドアを開けたとたん、皆が一斉にこちらを見る。
 怯えた目がほとんどだったけど、私の姿を見るなりほっとするようなため息が漏れた。
 私に気づいた女性が一人、すぐに立ち上がってこちらへやってくる。正面に立つなり、手を差し出した。

「新しくこられた方ね? 大丈夫、怖がらなくていいのよ」
 その女性は、品のある微笑みで私を迎えてくれる。揺れ動く白桃色の長い髪が、いっそう美しく女性を形どった。
 私が泣いていたから心配してくれたんだろう。優しく手を取り、包み込む。
「あの、ここはどういう」
 見回した。ぱっと見、囚われた女性が暮らしている部屋だということはわかる。けれど、年代も服装もまちまちだ。
 貴族のような中年の女性もいれば平民の若い女の子もいる。生活は成り立ってるのか、匂いもなければ牢獄ほど不衛生な印象でもない。

「ここにはね、自由聖女と希少紋の聖女が多く収容されているの。あいつら、自分に味方する人間はここの聖女に治療をさせ、敵対する人間は獣化で自然に消し去るようにしているのよ……酷い話よね」

 あいつら、というのは例の男たちのことだろう。
 たしかに、長年それを繰り返していれば、いずれこの国を思いのままにできるかもしれない。時間はかかるけれど、無駄がない、狡猾なやり方だ。

「あ、ごめんなさいね、怖がらせちゃって。私はフェルニル伯爵家のサリアナよ。あなたも貴族令嬢よね? 名前を教えてくれるかしら」
「サリアナ、さま? あのネイジアの自由聖女だったっていう……?」

 思わず、至近距離で見てしまう。
 ニコロさんたちが言っていたことを思い出す。たしか五年前、行方不明になったというローヴェルグ公爵令息の……ってあれ?
 なら、すなわち、ゼンメルさまの婚約者ってことだ。じゃあ、この方が――。
 訊いてみると、サリアナさまは「あら、ご存知なの?」と驚く。
 こちらも知っている事情を話すと、ぼそりと「なら、これはチャンスね」と呟いた。
「どういうことですか?」
「あなたの持っている腕輪。ローヴェルグのものでしょう。私も過去に頂いたことがあって」
 あ。そうだ。たしか縁のある方がって話だったから、婚約者であるサリアナさまがもらっていても不思議はない。
「これを付けてるということは、あなた、メルさまの恋人なのでしょう? 私の腕輪はすぐに盗られてしまったから使えないけれど、これなら――」
「ちょっと、待ってください」と遮る。誤解されてはたまらないと、腕輪をつけた経緯を加えて話した。
「ああ、なるほど。あの方の片想いってことね。大丈夫よ、契約的な婚約だから、その気になればすぐ解消できる間柄なの。安心して?」
「だから、そうではなくてですね」
 ちょっと思い込みが強い方のようだ。それに聞いていた話とも若干違ってる。ゆっくり話をしていられる状況ではないため、説得するのをいったん諦め、腕輪について聞いてみた。
「こちら、何かに使えるのですか?」
「ええ。ローヴェルグはもともと聖域を司る力を持つ家門なの。だから、この腕輪に聖力を注ぐよう意識しながら、彼の名を呼んでみて」
 どうなるんだろう、と訊く手間も惜しい。サリアナさまに言われたとおりに腕輪に聖力をこめ、ゼンメルさまの名を呼んだ。すると――。
 腕輪から、一筋の青い光が天に向かって伸びる。高い天井に吸い込まれているように見えた。
「天井で光が遮られてると思うでしょ? ところが屋根の上まで光は通っているの。しかも持ち主とローヴェルグの血を継いだ人にしか見えない。これで、きっと気づくわ」

 本当に? と胸がドキドキした。
 サリアナさまは囚われている女性たちに「もうすぐで助けが来るから脱出するわよ」と呼びかけを始める。
 さっそく準備にとりかかったようだ。
 一方、私は先ほどの小部屋まで引き返し、アルルにこの一件を話す。
 アルルは、「ローヴェルグ卿が来るわけないじゃん。せいぜい下位の騎士団クラスでしょ」と半信半疑だったけれど、とりあえず助けがくることは信じてくれたらしい。一緒に大部屋まで移動する。
 半刻ほど、囚われている女性たちの話を聞いたり、脱出の準備を手伝ったりしていると、にわかに建物の外が騒がしくなった。 

「来た?」
 アルルが曇りガラスの窓に耳をくっつけてるのを見て、私もそれを真似した。
 やがてうっすらと見える黒い鉄格子の向こう側から、馬の蹄音といななきと、それから扉が破壊されるようなけたたましい破壊音が鳴る。それから――。

「抑えろ、敵の身柄は逃さず全て拘束せよ! 逃亡者は追い詰め、抵抗する者には剣を振るう許可を与える!」

 ゼンメルさまの声が聞こえた。
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