獣紋の聖女
6 秘密の獣紋
出発の時刻がせまっていた。
両親をうまく説得できたかどうかはわからない。
けれど、今までたいしてワガママを言ったことのない長女の渾身の願いでもある。理由に納得できなくとも、とりあえずは言ったとおりにしてくれるだろう。そこまで、融通の利かない人たちではない。
「あとは……変装も必要よね。王都に行く途中で、ウィッグと新しい化粧品を買わないと」
家を出るのなら変装は必要だと思う。でも、男爵領にある村には、最新の化粧品はおろか、ウィッグなんておしゃれなものは売ってない。
王都についたらすぐに買い物をしようと、自分のお財布を握りしめる。
あと、絶対に忘れてはいけないこと。それは化粧品で自分の手の獣紋を隠すことだった。
先ほど、私は両親にふたつの獣紋を見せた。
でも本当は、もうひとつ、化粧で隠している獣紋がある。これは、私だけの秘密だ。
(やっぱり、よくわからない紋……)
改めて、自分の左手の甲を見つめる。
指先に近い方にはカメレオン紋と猫紋が並んでいる。そしてさらに手首に近い位置には少し大きめの、複雑な模様の紋がある。カメレオン紋はもともと持ってたものだし、猫紋はアルルと同じだからすぐにわかったけれど、この三つめの獣紋は形が奇妙すぎて、何の紋なのかはわからない。
家にある獣紋の本にも記載はされていなかった。
わからない以上、世間に晒すのは危険だと思うし、両親に話したらそれこそ大騒ぎになる。それに、トレミーとの婚約話もどう転ぶかわからない。なので、いっそ最初から隠すことにしたのだった。
水がかかったくらいでは崩れない化粧品を塗りこみ、さらにパウダーをはたく。この上から柄物の手袋をすれば、誰にも気づかれないだろう。
(本当は獣紋手袋があったはずなんだけど……)
獣紋手袋は、紋を隠すために創られた専用の手袋のことだ。
特殊な技法で作られたもので、着用していればトランスインプレッションの反応も防げるという優れた効能を持つ。けれど当然、貴族令嬢が持つようなものは、お値段も高価なものばかり。
私が持っていた革製のそれは、先日アルルに盗られてしまったらしい。こちらから彼女の部屋を探しにいったときも見つからなかったため、もう戻ってはこないだろう。
ゆえに、ただの布の手袋を着用する。これも王都についたら専門店で購入するしかない。家出令嬢である私にとっては多少きびしいお買い物ではあるけれど仕方がなかった。
以上で準備は整った。
最初の予定通り、我が家から買い出しの荷馬車が出るのを見計らって、そっと乗り込むことにする。御者にはさすがに気づかれるけど、お母さまのおつかいで村へ行くといえばそれほど疑われはしない。
村は中央街道へとつながっている。街道へさえ出られれば、そこからは乗合馬車に乗って、王都までの道のりを旅することができる。
馬車の乗り継ぎ具合も影響するけれど、だいたい二週間もあれば向こうに着くはずだ。
(お父さま、お母さま、アルル……)
目を閉じる。故郷を離れるのは、前世から含めてこれで二度目だった。
両親をうまく説得できたかどうかはわからない。
けれど、今までたいしてワガママを言ったことのない長女の渾身の願いでもある。理由に納得できなくとも、とりあえずは言ったとおりにしてくれるだろう。そこまで、融通の利かない人たちではない。
「あとは……変装も必要よね。王都に行く途中で、ウィッグと新しい化粧品を買わないと」
家を出るのなら変装は必要だと思う。でも、男爵領にある村には、最新の化粧品はおろか、ウィッグなんておしゃれなものは売ってない。
王都についたらすぐに買い物をしようと、自分のお財布を握りしめる。
あと、絶対に忘れてはいけないこと。それは化粧品で自分の手の獣紋を隠すことだった。
先ほど、私は両親にふたつの獣紋を見せた。
でも本当は、もうひとつ、化粧で隠している獣紋がある。これは、私だけの秘密だ。
(やっぱり、よくわからない紋……)
改めて、自分の左手の甲を見つめる。
指先に近い方にはカメレオン紋と猫紋が並んでいる。そしてさらに手首に近い位置には少し大きめの、複雑な模様の紋がある。カメレオン紋はもともと持ってたものだし、猫紋はアルルと同じだからすぐにわかったけれど、この三つめの獣紋は形が奇妙すぎて、何の紋なのかはわからない。
家にある獣紋の本にも記載はされていなかった。
わからない以上、世間に晒すのは危険だと思うし、両親に話したらそれこそ大騒ぎになる。それに、トレミーとの婚約話もどう転ぶかわからない。なので、いっそ最初から隠すことにしたのだった。
水がかかったくらいでは崩れない化粧品を塗りこみ、さらにパウダーをはたく。この上から柄物の手袋をすれば、誰にも気づかれないだろう。
(本当は獣紋手袋があったはずなんだけど……)
獣紋手袋は、紋を隠すために創られた専用の手袋のことだ。
特殊な技法で作られたもので、着用していればトランスインプレッションの反応も防げるという優れた効能を持つ。けれど当然、貴族令嬢が持つようなものは、お値段も高価なものばかり。
私が持っていた革製のそれは、先日アルルに盗られてしまったらしい。こちらから彼女の部屋を探しにいったときも見つからなかったため、もう戻ってはこないだろう。
ゆえに、ただの布の手袋を着用する。これも王都についたら専門店で購入するしかない。家出令嬢である私にとっては多少きびしいお買い物ではあるけれど仕方がなかった。
以上で準備は整った。
最初の予定通り、我が家から買い出しの荷馬車が出るのを見計らって、そっと乗り込むことにする。御者にはさすがに気づかれるけど、お母さまのおつかいで村へ行くといえばそれほど疑われはしない。
村は中央街道へとつながっている。街道へさえ出られれば、そこからは乗合馬車に乗って、王都までの道のりを旅することができる。
馬車の乗り継ぎ具合も影響するけれど、だいたい二週間もあれば向こうに着くはずだ。
(お父さま、お母さま、アルル……)
目を閉じる。故郷を離れるのは、前世から含めてこれで二度目だった。