熱情を秘めた心臓外科医は 引き裂かれた許嫁を激愛で取り戻す
■プロローグ ~仮初の契約妻~
『仮初の契約妻になってくれないか』
かつて祖父同士の繋がりから許嫁だった彼とは、数年前に祖父の事業が倒産したことをきっかけに破談になったはずだった。
心臓外科医として私が通う病院にやってきた彼は、私の主治医になった。
あの頃と変わらずにやさしく対応してくれる彼に私はいつの間にか惹かれていき、義務付けられていた婚約関係がなくなったあとで、彼に恋をしていたことに気付かされた。
一方、彼は私をひとりの担当患者として診てくれているだけで一度だって好意を見せたことはなかった。
かつて許嫁だった、ひとりの御曹司と令嬢……だが今はただの、ひとりの医師と、ひとりの患者でしかない。
それでもいいからそっと好きでいさせてほしいと願っていた。やがて定期健診の日は彼に会える唯一の楽しみに変わっていた。
けれど。
ある日、彼の新しい縁談の話を病院の看護師たちの間の噂で知ってから、私の考えが変わった。
いつまでも好きでいてはいけないのだ、と。
だから、私は彼の側を離れようと転院を決意した。
それなのに。
転院したいと告げた直後から、彼の態度が変わった。
病院の外でデートに誘われ、そのうち彼はこんなことを言い出したのだ。
『仮初の契約妻になってくれないか』
私は彼からの提案に困惑し、普段彼が丁寧に診てくれていた心臓はどうしようもないほど戸惑いの音を刻んでいた。
彼はどんな気持ちで私にそんなことを頼んだのだろうか。
悩む時間は与えられず、それから程なくして彼からの溺愛攻撃がはじまる。
『俺たちには夫婦らしく……親密に見える雰囲気が必要だ』
仮初の関係だというのに甘い言葉を囁かれ、偽りの夫婦だというのに本物みたいに愛されて。
『もっと俺を愛しているという目で見てくれないか』
そんなふうに熱く迫られて。
『君は、俺だけのものだ。悪いが、他の誰にも渡さない』
独占欲を向けられて。
そうして私は彼に翻弄されるだけされて――この恋の着地点がどこにあるのか、まだ見つけられていない。
あなたのことが本当はずっと好きだったのだと言いたくても言えなくて。
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