熱情を秘めた心臓外科医は 引き裂かれた許嫁を激愛で取り戻す
 何も考えないように目を瞑って、浅くなった呼吸をゆっくりと腹式呼吸で整え、それから三十分くらい経過すればやがてゆっくりと嵐が過ぎさっていくのだ。
 しかし今日はいつもよりも治まっていくのが速いみたいだった。大きなパニック発作の予兆がくる前に、理人の姿が見えたからだろうか。それが抑止力になったのかもしれない。
「……少しでもいつもと違うと感じたらすぐに連絡を入れてほしい」
「……はい。今回は大丈夫だと思います」
 理人が隣に座っておもむろに架純の手を握る。速くなっていた脈と、冷えた手の震えが落ち着いたのを確認したらしい。
「もう少し落ち着いたら、家まで送って行こう」
 まさか理人からそんな提案があるとは思わず、架純は驚く。
「え、でも……」
「診察が終わって出たところだったんだ。ちょうど今日はこのあと病院を一旦抜けて家に戻る予定だ。そのついでだから、君は何も気にしないでいい」
 そういうやいなや理人は架純の手荷物を持ってしまった。
「ゆっくりでいい。立てるかな?」
「……は、はい。先生、ありがとうございます」
 架純は慌てて立ち上がる。
 今の理人の様子なら、架純の肩を抱き寄せるくらいしてしまいかねない。
 会計窓口へと移動する途中、病棟に繋がるナースステーションの方から視線を感じた。
 きっと特別扱いされている架純のことが気になったのだろう。ひょっとして恋人ではないのか、と。
(違うわ。理人さんは、心配性の先生……やさしいだけよ)
 心の中で架純は弁解する。それが自分を追い詰める諸刃になったとしても。
(だって、他の人と、縁談の話があるんでしょう?)
 理人と架純が昔なじみであることは長く勤めている看護師は知っているが、新しくきたばかりの看護師は知らないのかもしれない。
 架純が検査入院をしたときにも、よくあんなふうに視線を感じたことがあったし、噂をされていたものだ。
『昔なじみっていうんですか。本当かは知りませんが、元婚約者なんだとか』
『先生はやさしいから放っておけないんじゃないですか』
『こういったらなんですけれど……なかなかお相手としては難しいですもんね』
 看護師は伏せながら話をしているから誰のことか、とは言っていない。けれど、架純と理人のことであることは当事者の架純にはすぐにわかった。
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