熱情を秘めた心臓外科医は 引き裂かれた許嫁を激愛で取り戻す
(そう。私は元婚約者というだけ。そして、心臓の病を抱えたこんな私は……理人さんの妻に相応しくない)
 たとえ結婚できたところで、心臓に負荷をかけることになる妊娠や出産にも制限が加わることだってあるのだ。いつ死ぬかだってわからない。
 じりっと胸に焼けるような痛みが走った。それは架純が抱えている病のひとつ。心臓とは別のところに在る、恋煩いというもの。
 架純は再び、理人の新しい縁談の話を思い出していた。
 院長から持ちかけられた縁談ということなら、この病院に顔を見せることもあるのだろうか。
 そのときに遭遇した自分がどうなってしまうか、想像したくもなかった。
「あの、先生。私、もう大丈夫です。タクシーで帰ります」
 架純は会計を済ませると、待っていてくれた理人にそう声をかけた。突然そう言い出した架純に彼が驚いた顔をする。
「本当に大丈夫? 遠慮なんて要らないんだよ」
 案じてくれる理人の顔がうまくみられなかった。
 あんなに会いたかったのに。もっと側にいたいと考えていたのに。今は離れてしまいたいと思っている、矛盾だらけの自分の我儘がいやになる。
 虚しくなって、じわりと目に薄い膜が張った気がして慌てて取り繕う。
「きっと先生に送ってもらったら、お手伝いさんのことも心配させてしまうし、散歩はもうしたらだめって言われるかもしれないし……」
 架純はあえて冗談っぽく困った顔をした。それで理人は折れてくれた。
「そっか、君の方の事情も知らずにすまない。わかったよ。何か困ったことがあったらすぐに連絡をいれてほしい。いつでも構わないからな」
 理人のやさしさを勘違いしてしまわないように、架純は自分を戒めながら笑顔を返した。
「ありがとうございます。私が元気でいられるのは、心配性の先生のおかげですね」
 それだけ告げて頭を下げると、タクシー乗り場の方へ向かった。
 すぐに一台のタクシーのドアが開く。乗り込んだ架純はガラス越しに見えた彼に手を振った。
 彼は微笑を浮かべつつ手をあげて応じてくれた。
(……先生、理人さん……)
 離れがたくて、後ろ髪引かれる気持ちになってしまうのをぐっと堪える。
 一ヶ月、彼には会えないと思うと寂しい。でも、また来月になれば……一ヶ月すれば、また彼に会える。そんなふうに自分で自分を慰めて。
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