熱情を秘めた心臓外科医は 引き裂かれた許嫁を激愛で取り戻す
 いつまでこんなことを繰り返していたらいいのだろうと虚しくなってしまった。
 この気持ちに終わりはくるのだろうか。そうだとしたらそれはいつなのだろう。彼に別の婚約者ができるまで?


***


『ありがとうございます。私が元気でいられるのは、心配性の先生のおかげですね』
 夢現の中、架純の声が聴こえてきた気がした。そのまま彼女の笑顔が光の中へと消えていく。代わりにベッドの側においてあったスマホが振動を伝えてきた。
 病院の仮眠室で、夜勤の前に仮眠をとっていた理人は、目覚めてすぐに着信の主の名前を見てため息をついた。
「……はい」
『夜勤に入ると聞いていたから、この時間なら大丈夫かと思ったんだが』
 理人を叩き起こしてきたその相手は、十和田総合病院の十和田院長だった。
「呼ばれれば院長室に伺いましたが。火急の要件ですか?」
『いや、なに。仕事の話じゃないからね。君の気持ちを聞いておきたかっただけさ』
 ――要するに、縁談の話の催促だ。回りくどいことをしないでハッキリ言えばいいものを。
「以前に申し上げた通り。俺にその気はありませんよ」
『今後、医師としての地位を築くためにも悪い話ではないと思うのだが?』
「俺にとって必要なのは地位や権威といった外側を彩るものではなく、内側に根付かせる知識と技術ですから」
『はは。随分な優等生だ。だが、まだまだ青いね。考えてみるといいい。君の選択肢が増えるのだとしたら?』
 最先端の技術と共に経験を積むことで拓かれる未来があることは理解できる。医師としての貪欲な願いが腹の底からこみ上げてくる。だが、相手の人生と天秤にかけるものではないという冷静な思考もそこには在った。
『件の彼女は、君の将来を拘束するには相応しくないんじゃないかね。情けは医師の冷静な判断を狂わせるものだ』
「医師に情けがまったく必要がないとは思いません」
 苦笑する相手に、理人はそれでも引かなかった。
『今度、高辻くんのところでパーティーがあるだろう。私も招待されているんだ。その場で、高辻議員のご子息、議員秘書の兄君が婚約を発表するらしいね』
「ええ。兄からはそう聞いています」
『では、またその時にでも会って話をしよう。それまでに君の気が変わることを願っているよ』
 通話はそこで終わった。
 理人は架純のことを思い浮かべた。
< 14 / 110 >

この作品をシェア

pagetop