熱情を秘めた心臓外科医は 引き裂かれた許嫁を激愛で取り戻す
 彼女に……一時しのぎのオペで命を繋ぎ留めるのではなく、何も懸念することなく生きられる未来を約束したい。
 そう願うのは、ただの情けといえるだろうか。それとも、高辻家の祖父に言われるがまま久遠家との縁を切り捨てた贖罪のようなものなのだろうか。
(――だからといって、あの頃の俺に何ができた)
 反対を押し切って無一文で放り出されていたら、今頃、医者になれていたか。
 後悔して弁解しても今さら仕方ないことだと、理人はため息をつく。
 理人だって医師の前にただひとりの男だ。厳しい医療に従事する中でままならない現実に打ちのめされ、人肌の温もりが恋しくなることもある。それでも、時間を費やす部分を誤ってはいけないと戒めてきた。
 どうしてそこまでストイックでいるのかと誰かに問われて初めて、理人は架純への想い巡らせる。
 命の灯がいつ消えるかもわからない恐怖を、何度も乗り越えなければならない、そんな病を取り除くことができたなら。それが、理人が医者を目指した原点だ。
 彼女には生きていてほしい。
 ただひたすらに守りたいと願うのは、彼女の儚い花のような笑顔だった。


■2 君を手放したくない


 理人に送ってもらった日の夜は熱を出した。熱中症のような火照りからくるものなのか、それとも疲労からくるものなのか。
 たぶん、どちらも違う気がした。たぶん知恵熱だ。架純は考えすぎたり思いつめたりすると昔から熱を出すことがあった。きっと今回もそれに違いなかった。その証拠に、少し休んだらすぐに楽になった。
 案の定、家政婦の町田には無理はしないようにと釘を刺されてしまい、しばらく散歩は禁止の絶対安静。
 翌日、架純は一日中ベッドで横になっていた。
 町田は、海外に離れて暮らす架純の両親に現状を報告をする責任があるのだ。だから厳しい目になっても仕方ない。彼女がいてくれるからこそ架純も不自由なく暮らせている。
 とりあえず、在宅で請け負っている翻訳の仕事の納期も間に合っているから問題ない。ゆっくり休んでいても構わないだろう。
 とはいえ、理人のことを考えると、どうしても落ち着かない気持ちでいっぱいになる。
 スマホの通知に気付いてチャットアプリを起動する。桜の模様のアイコンに新着の印がついている、チャット友達ハルからのメッセージだった。
(相談の返事……)
< 15 / 110 >

この作品をシェア

pagetop