熱情を秘めた心臓外科医は 引き裂かれた許嫁を激愛で取り戻す
 けれど、転院したいという相談をすれば、どちらにしても理人を驚かせてしまうに違いない。せめて彼を傷つけないようにしたいけれど、下手な言い訳は見透かされてしまいな気がする。
(なんて切り出したらいいのかな……)
 当日の朝まで延々と架純は台詞を考えたが、結局、あたりさわりない内容しか思い浮かばなかった。
「実は、別のところに転院したいと考えています。紹介状をお願いできないでしょうか」
『――目を合わせる必要はないよ。喉ぼとけとか襟のあたりに視線を落として、ただ、事実を口にするだけ。それだけでいい。その場しのぎ……って、あんまり言い使われ方はしないけど、生きる上で大事なことだと思うんだ』
 チャット友達のハルに相談して返ってきたのはその言葉だった。たしかにハルのことは相変らず的を射ているように思う。
 当日、架純はアドバイス通りに理人に告げた。内心は心臓がばくばくと破れそうなほど激しく脈を打っていた。もしも定期検診の日だったら、とんでもなく波形が乱れていたことだろう。
「理由をきいても構わないかな?」
 理人が淡々と尋ねてくる。
 架純は耳のあたりまでせり上がってくる鼓動を感じながら、用意してきた言葉を告げた。
「先生は別問題だと以前におっしゃいましたが、元婚約者がいつまでも主治医であるということは、好きな人ができたら……その、やっぱり気にしてしまいますし、新しい恋愛がやりづらいというのが本音です」
 一瞬だけ、静かな診察室の中で理人が息を呑んだのが伝わってきた。
 架純は膝に置いた手が震えないように指先にぐっと力を込めた。
「今までお世話になったのに、身勝手なことを言ってごめんなさい」
 何を言われるか構えていた。いつも心配していてくれた彼のことだ。引き留める可能性だってないわけじゃない。
「……いや。たしかに君のいうことはもっともだ」
 小さなため息が零れてきたのにつられ、架純はおもいきり顔を上げそうになった。それをぐっと我慢して膝の上で手を握り続ける。
「紹介状の件はわかりました。通いやすく医療設備が整っていて信頼のおける医師のいる病院をピックアップしましょう。なるべく早くご用意します。発行は医事課からですが、二週間程度お待ちください」
 いつもよりも硬い声だった。理人は架純と同じだけ事務的にそれだけ伝えてきた。少しだけ拍子抜けした。もっと追及されるかと思った。
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