熱情を秘めた心臓外科医は 引き裂かれた許嫁を激愛で取り戻す
 もういっそ有名な童話の人魚姫のように、真実は何も言わずに泡になって消えようと思っていた、そのはずだったのに。
 数奇な運命に弄ばれるように再会した二人は一体どこにたどり着こうとしているのだろう。
 いつか、あなたに伝えてもいいのだろうか。
 私はずっと、あなたのことが好きでした――愛しています、と。


■1 この胸を騒がせるのは、あなたへの恋わずらい


(こんな感じでいいかな……)
 出かける前に鏡の前でも自分の髪型や服装をもう一度チェックする。
 前開きの水色のワンピースを左右に振ると、ひざ下でふわりとマーメイド型の裾が広がった。待合室は冷えるかもしれないので、一応、鈎網の白いサマーカーディガンを革素材のショルダーバッグに忍ばせている。それは白い貝殻のようなイメージになりそうだ。
 胸元までゆるくウエーブのかかった髪とその服装の見た目はさながら人魚姫のような雰囲気で自分でも気に入っている。
 玄関に出ると、転ばないようにヒールの低い珊瑚色のサンダルに足を通してから、つま先のオパール柄のネイルが剥がれていないかを確認した。
 今から向かうところはお洒落をする必要のない場所だから、最低限の身だしなみに気をつければいいだけなのだが、今から会う【彼】ことを思い浮かべると、適当に済ませるというわけにはいかなかった。
(おかしなところはないはず……)
 久遠架純(くおん かすみ)は【彼】を意識した途端、とくりと脈を打った胸のあたりにそっと手をやった。
「架純お嬢様、こちらを忘れていましたよ」
 架純の自宅で家政婦をしている町田ユズが、リビングの方から慌てて追いかけてくる。
 町田は、架純が十代の頃から側にいので、かれこれもう十年以上の付き合いになる。海外に離れて暮らす架純の両親に代わって、家のことはもちろん架純のことを誰より気にかけてくれている頼もしい人物だ。
 町田はA5サイズの布地のファイリングケースを架純に渡してくれた。その中には診察券、予約票、薬手帳……などが収納されている。いつも大事なものだから最初に鞄に入れるはずなのに、着替えに気をとられてうっかりしていた。
「ありがとう。一度戻ってこなくちゃいけなくなるところだったわ」
「タクシーを手配しなくて本当によろしいんですか?」
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